マグダレン・ナブ
イタリアを舞台にしたミステリーの先駆者
一九八〇年代の半ばから、英国出身の女流作家、マグダレン・ナブが、フィレンツェを舞台にしたミステリーを書き続けている。ドナ・レオンの先駆的存在である。
@ イタリアの歴史的な街に起こる犯罪を、
A 地元の警察に属する毎回同じ人物が解決する過程を、
B 町の雰囲気を伝えつつ描いていく。
ナブとレオンに共通する点である。ふたりとも、イタリアに住み着いた英語を母国語とする女性という点でも似ている。書評においても、著者のナブとレオン、主人公のガルナシアとブルネッティが並べて評されることが多いようだ。
ふたりの存在を、単なる偶然なのかと疑いたくなる。二人が互いに影響を受けているかは、今の時点で分からない。
ナブの主人公はカラビニエリ(とりあえず「国防警察」と訳しておく)に勤めるサルバトーレ・ガルナシアである。
レオンの主人公ブルネッティがポリツィア(国家警察)に勤務しているのに対して、ナブの主人公ガルナシアはカラビニエリ(国防警察)に勤務している。未だに、このふたつの警察機構の違いが良く分からない。一説によると、国防警察は国防軍に所属し「憲兵」つまりミリタリーポリスに近いという。また一説によると国防警察は日本の「機動隊」に近いという。また、国防警察は重要犯罪を扱うという説もある。しかし、実際のところ、ふたつの警察機構の持つ役割は極めて重複しており、イタリア人でも良く分からないらしい。犯罪が起こったとき、カラビニエリとポリツィアのどちらに通報するかは、個人の趣味の問題とさえ言われている。
ガルナシアの警察での地位はMaresciallo、これは英語ではMarshallに当たる。これが警察署長に当たる国もあるようだが、彼の上司Capitanoが登場し、その上司が署長と判断できるので、副署長くらいの立場であると考えてよいのではないか。レオンのブルネッティが私服の警視であるに対し、ガルナシアスはカラビニエリの制服を着用している。
太っていて無口、他人には少し鈍重な印象を与えるが、中年で、人間味あふれる、好感の持てる人物である。物語のなかで、「彼の武器は黙ること」とまで言われている。自分が黙ることによって、相手を話させてしまうというのが彼のテクニックなのである。
彼は家ではいわゆる粗大ごみ亭主で
「わたしがこれから食事をテーブルに持っていこうとしているときに、あんたは陸に上がったクジラのようにどうしてよくゴロゴロしてられわね。」
と妻のテレサにいつもボロクソに言われている。この辺り、家で大学教授の妻と結構知的な会話をするブルネッティと比べるとかなり庶民的と言える。
書評(英語原題/ドイツ語訳題)
春に死す(Death
in Springtime / Tod im Frueling 1983)
秋に死す(Death
in Autumn / Tod im Herbst 1985)
英国人の死(Death
of an Englishman / Tod eines Engländers 1981)
オランダ人の死(Death
of a Dutchman / Tod eines Holländers 1982)
マーシャルと殺人者(The Marshal and the Murderer / Tod in Florenz 1987)
ある狂女の死 (The Marshal and the Madwoman / Tod einer Verrückten 1988)
マーシャル自身の件(The Marshal's Own Case / Tod einer
Queen 1990)
トリーニ邸のマーシャル(The Marshal at Villa Torrini / Geburtstag in Florenz 1993)
フィレンツェの怪物(The Monster of Florence / Der Ungeheuer von Florenz 1996)
血という名の財産
( Property of blood / Alta Moda 1999)
夜咲く花(Some Bitter Tast / Nachtblüten 2002)
フィレンツェの日本人(The Innocent / Eine Japanarin in Florenz 2006)
ガルナシア・シリーズ以外で
新しい旅立ち(Twilight Ghost / Ein neuer Anfang, 2000)
川合 元博
1957年京都市生まれ。金沢大学、大学院でドイツ文学を専攻。1984年某ファスナーメーカーに入社。同年より海外駐在員としてドイツ赴任。1991年ロンドンへ転勤。1996年現地で転職。現在、システムエンジニア。ビールとマラソンを好む。妻、真由美との間に子供3人。2000年6月より1年間ドイツに単身赴任。