秋に死す(Death in Autumn / Tod im Herbst

 

 夏の間の観光客の大群も一段落した、初秋のフィレンツェ。ある霧の深い朝、アルノ川から中年女性の死体が上がる。絞殺されたその死体、毛皮のコートの下には何も身につけていなかった。そして首には、ネックレスを無理矢理引きちぎったときにできるような傷跡があった。

 国防警察(カラビニエリ)のガルナシアは、署長と一緒に捜査を始める。誰からも行方不明人の届出はなく、一週間経っても死体の身元は分からない。

 カラビニエリは折りしも、新しい麻薬シンジケートの摘発に忙しい。新聞はと言えば、新手の宝石泥棒の話題で持ちきりであり、川から上がった中年女性の死体の話題などロクにとりあげられもしない。

 その新手の宝石泥棒とは。ひとりの身なりの良い男が宝石店を訪れ、「妻」の贈り物にするからと言って、高価なダイヤの指輪を手に取る。数日後、彼は「妻」と再び現れ、「妻」はそのダイヤの指輪をはめてみて、すっかり気に入った様子。男と妻は「銀行から金を取ってくる」と言い残して店を立ち去る。残された指輪、しかし、それは巧妙な贋物とすりかえられていた。

 ある日、グラナシアがある高級ホテルを見回っている際、フロント係りの男が、長期滞在の女性が、犬を残したまま帰ってこないがどうしたらいいものだろうかと相談を受ける。ヘルガ・フォーゲルという名のドイツ人の女性である。そして、そのホテルの夜警によって、身元不明の死体は、そのドイツ人女性であることが判明した。

グラナシアスは早速その女性の身元を洗う。この女性、実はフィレンツェから少し離れた場所に、父親から引き継いだ別荘を持っているのであるが、そこは少年たちに貸して、自分はホテルに住んでいたこと。定職を持たない彼女であるが、毎月かなりの金額を、ドイツのマインツにある銀行口座に振り込んでいたこと。また、彼女の殺される一ヶ月前に、身なりの良い中年男と、十代の少年の訪問があったことなどが明らかになる。果たして、彼らの訪問が、彼女の死のきっかけになったのであろうか・・・。

別荘の間借り人である少年は、クリスチアンという少年だけが家賃を払わずに滞在していたこと、そのクリスチアンが、行方不明になっていることを証言する。数日後、森の中で少年の死体が発見される。死亡してから一ヶ月以上放置されており、顔は野ネズミに食い荒らされ、原型をとどめていない。身元を示すようなものは所持していない。しかし、その死体は、明らかに麻薬常習者のものであった。この死体は行方不明の少年なのか、また、ヘルガ・フォーゲルを死の前に訪問した少年と同一人物なのか・・・。

 ドイツからの被害者の義理の母と名乗る老婆の訪問。殺された義理の娘を「一族の恥」と決め付ける彼女の証言は殺された女性の意外な過去をあばき出す。また、証言をした夜警さえ、前の勤め先のホテルを、被害者とのスキャンダルのために、首になっていた。

 全ての人間が怪しいが、ひとつひとつの断片がなかなか結びつかない。ガルナシアはその困難な作業に、いつものように、静かに立ち向かっていく。

 

 「英国人の死」では、ガルナシアは侘しい中年の単身赴任者であったが、今回やっと、家族をシチリア島からフィレンツェに呼び寄せる段取りがついている。彼は、国防警察署の敷地内の官舎に住んでおり、彼の家族もそこに越してくることになる。しかし、家族を迎え入れることは、独り暮らし以上の苦労があるものなのだ。

 このシリーズでは、上司である署長が、見当違いの捜査、推理をし、それをガルナシアが正しい道に戻していくというパターンがあるようだ。今回も、署長が犯人だとにらんだ男は、「英国人の死」とときと同様、見事に「はずれ」であった。

 女性の死体は最初若いスウェーデンから来たカップルの旅行者によって発見されるのであるが、楽天的で脳天気な若い旅行者と、それを尋問する現実的な警察官の会話が笑いを誘う。また、別荘に住む少年たちの現実離れした態度、非常識さもいかにもよくありそうな話しである。観光地というのはどこもこんなものなのかと考えさせられる。

 一見何の関係もない出来事を、交錯させつつ最後に一本にまとめ上げる筋書き。結構面白かった。ミステリーとして、「掘り出し物」、「中の上」という評価をしたい。