島のお葬式

 その日、私たちは島の南側にある村を回った。マデイラの他の場所と同じように、ほとんどの場所で海から切り立った崖が海から直ぐに聳え立っている。しかし、数キロごとに崖と海の間にわずかな平地のある場所がある。そこに集落がある。そして、集落と集落は、トンネルで繋がっている。そして、その集落の真ん中には必ず教会が立っていた。

 その村も、そんな場所であった。白い教会があり、村の直ぐ後ろには高さ数百メートルの崖が迫っていた。私たちは、教会の後ろ小さな広場に車を停めた。ポヨ子は疲れたと言って、車の中で眠っている。妻と私だけが外に出た。妻は教会の方に歩いて行った。

 そのとき、教会の鐘が鳴った。私は、定期的に鐘を鳴らす時間になったのだと思った。しかし、そうではなかった。間もなく、教会の扉が開き、三十人ほどの人が出てきた。司祭と、飾りのついた幟(のぼり)を持った人が先頭に立っている。そう言えば、先ほど村に入るとき、道路の角に濃い紺色の霊柩車が停まっているのを見た。教会の中ではちょうど葬儀が行なわれていたのである。

 私は村の中の路地を歩いてみた。路地の出口に、どこの村にでもあるビール、コーヒーの立ち飲みスタンド、バールがあった。その向こうは道路、道路の向こうは海であった。見ると、坂道を先ほど見た霊柩車がゆっくりと下りてくる。そして、五十人ほどの人がそれに従っている。何故かその一団の中に、妻の姿が見えた。付き合いの広い人である。

「故人のお知り合いですか。」

と妻に小声で冗談を言う。

 道路の海とは反対側に、小さな墓地があった。霊柩車はその前に停まり、黒いスーツを着た四人の男が、こげ茶色の木の棺を降ろし、それを墓地の中に運び入れた。妻と私は墓地周りの低い塀越しにそれを見ていた。墓地の中に入っていった人たちは故人の親族らしく、その他大勢の村人は私たちと同じように、塀の外から埋葬を見守っている。

墓地の中には既に穴が掘ってあり、その穴の上には、板が二枚渡してあった。四人の担ぎ手は、棺の下に二本のロープを渡し、その板の上に立って、棺を穴の中へと沈めて行った。棺が見えなくなり、ロープが抜かれ、四人の男は板を持って立ち去った。この作業の間に、棺に付き従ってきた人たちが、穴を取り囲んだ。エンジのローブを着て、その上に白い袈裟をつけた司祭が何事か祈りの言葉を述べる。棺担ぎ係の黒服のひとりが、参列者の持ってきた花を集めている。穴の中に投げ込むのかなと思って見ていると、そうではなく、穴の周りに並べている。

埋葬が終わり、ひとりの男が、穴を埋め戻し始めた。参列者が墓地から出てきた。黒い服を着た人たちに混じり、私と妻も路地を戻る。西洋式の埋葬を、これまでテレビや映画では何度も見たが、「本番」であれほど間近に見たのはふたりとも初めてであった。何となく厳粛な気分になっている。埋葬された人は、この島で生まれ育った人だったのだろうか。その人は、生涯のうちこの島から出たことがあったのだろうか。私はふとそう思った。

 

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