小さなレストラン
岬めぐりをしているころから天気が回復し、青空が広がり始めた。サンタ・クルズではまたにわか雨に会ったが、島の南側の天気は回復に向かっているようであった。
その夜は、ホテルからメインロードへ行く途中にあるひなびた食堂で夕食を取ることにした。美味しいご飯を食べるためにはまずお腹をすかすこと。「空腹は最高のソースなり」と言うことで、ホテルへ帰るなりまたプールでひと泳ぎ。その後、冷えた「サグレス」ビールを、食前酒代わりに、ベランダで夕焼けを見ながら飲む。
さて、そのひなびたレストラン、崖を背に立っているので道路側には壁があり窓がついているが、反対側は壁ではなく、ゴツゴツした岩がむき出しになっている。しかし、それが、結構良い雰囲気を醸しだしていた。
前日に懲りて、今日は控えめに注文する。小鯵の唐揚げ、焼いたリンペット、蛸のトマトソース煮、サラダ。ガーリックブレッドは元々付いてくるので、白ワインを一本頼めばこれだけで三人には十分の量である。
先ず、手を火傷しそうな熱々、カリカリのガーリックブレッドと冷たいワインで、お腹の下ごしらえをする。リンペットと言うのがこの島の特産。滞在中に何度も食べた。「カサガイの類」と辞書にはあるが、小型のアワビと思っていただいてよい。貝の直径が五センチ程度、身の直径が二センチ程度、ニンニク風味のバターで焼いてあって、熱い鉄板の上に十個くらい乗って、ジュージューと音を立てながら登場する。たっぷりのレモンをかけて食べると旨い。しかし、日本人として、ここは醤油を垂らしたいところ。妻とふたり、
「醤油を持ってくりゃよかった。」
と悔やむことしきり。小鯵の唐揚げも、カリカリして美味しい。
最後は蛸のトマトソース煮。私は、基本的にポルトガル人に好感を持っている。それは、蛸を食べるから。他のヨーロッパの人たちは、イカは食べるが、蛸は気味悪がって食べない。食べることが生き甲斐のポヨ子さん、普段、魚は余り食べないのであるが(ロンドンには新鮮な魚が少ないこともあるが)、今日は美味しそうにパクついている。
お支払いは三十ユーロほど。ワインを一本頼んでこの値段は安い。ワインは飲みきれないので、コルクを返してもらってまた栓をし、ホテルに持って帰った。
帰る前日にもこのレストランで食べたが、そのときは巻貝の塩茹でを注文した。英語では「コクル」、北陸では「バイ貝」と呼ばれる種類の巻貝だが、何せ小さい。平均して一センチくらい、中にはもっと小さいものがある。バイ貝は通常、楊枝でほじって食べるのであるが、このときは、ウェイターが長さ三センチくらいのマチ針を持ってきた。それで突いて食べろというわけ。数百個の貝の中身を、針で突いて出すのは根気の要る作業であった。味は確かに美味しかった、特に緑色っぽい内臓は、サザエの内臓みたいな苦味があって旨い。しかし、それを味わうのに、最低十個はまとめて口に入れる必要がある。途中からスミレが手伝ってくれたが、一皿食べるのに三十分はかかった。