花の島
ホテルに戻り、九時過ぎに起きてきた妻と娘と一緒に食堂へ行く。食堂はパティオとプールに面している。一緒に朝食をとっている人たちを見回すと、若い人は少ない。爺さん婆さんばかりが目に付く。九割近くが、定年退職後の夫婦という感じ。おそらく、マデイラの主な「客層」はそんなひとたちなのであろう。
朝食後、約束通り娘は宿題の時間。美術の宿題とかで、スケッチブックを広げて何かを描いている。私は、丸いテーブルの対面に座って、パソコンでエッセーを書き始める。妻は辺りを「偵察」してくると称して外へ出て行った。
昼過ぎ、まだ宿題に余念のないポヨ子を部屋に残し、妻とホテルを出て、海岸沿いを散歩する。気温は二十五度近く、Tシャツと半ズボンで十分。海岸は、丸い石の転がっている石浜である。ホテルから海岸を百メートルほど行った所に、岩を刳り貫いたトンネルがあった。海に突き出した岬を穿つように作られたトンネルで、幅約二メートル、長さが約百メートル。内部は岩がむき出しになっている。途中、海蝕洞に向かい「窓」が開いている。覗いてみると、洞穴に入り込んだ波が白く渦を巻いていた。ちょっと恐ろしい光景。
トンネルを出ると、そこからは洒落た遊歩道になっていた。道端には沢山の花が咲いている。朝散歩をしたときも感じたことであるが、ここでは花がきれいなのだ。赤やオレンジなど色彩が派手で、花そのものが大きい、ヨーロッパの大陸ではお目にかかれないような種類ばかりである。大陸ではもう枯葉の季節の十月下旬に、ここでは、まだ花の盛り。多分、一年中咲いているのかも知れない。花を見ていると「熱帯」を感じさせる。昨日空港に到着したとき、マデイラは「山と斜面の島」だと思ったが、ここは「花の島」でもあるのだ。
太陽は顔をだしているが、何となく身体にまとわりつくような湿気は朝と変わらない。山の上の方が雲で覆われていることも。途中に、公共のプールがあった。広大なプールに、客はひとりかふたりだけ。泳ごうと思えば十分に泳げる気温なのに。
散歩から戻った午後三時半、勉強が一段落したスミレを連れて、ホテルから出ているシャトルバスで、フンシャルの街に出てみることにした。フンシャルの街の海岸沿いのプロムナード、ロープウェーの乗り場でバスを降りる。海岸に沿って、ヨットハーバーがあり、その向こうがフェリー乗り場、白地に大胆な模様が描かれた大型のフェリーが接岸している。海岸通りの海とは反対側の建物群を見ると、「コロニアル風」という言葉を思い出してしまう。「コロニアル風」の定義について問われると困ってしまうが、バルコニーがあり、そのバルコニー手すりや支柱が白く塗られている。そうそう、「パイレーツ・オブ・カリビアン」に出てくる、海辺の屋敷みたいなやつ。
そこから、妻の事前勉強に従って、フンシャルの街の名所を見て回ることにする。旧市街はそれほど広くない。建物に派手さはないが、それなりにシンプルで美しい。日曜日と言うことで人通りは極端に少なく、私たち三人だけが歩いているという印象さえ受けた。