波の音と明けぬ夜

 

午前零時半、空港から、頼んでおいたタクシーでホテルへ向かう。
「ホテルまでどれだけかかるの。」
と若い運転手に聞くと、
「モーターウェイ(高速道路)を通ると二十五分くらいかな。」
と運転手は、アメリカ訛りの英語で答えた。

「高速道路?!」

私は思わず問い返した。この小さな島に、本当にそんなものがあるのかと一瞬疑ってしまう。果たして、車は空港を出ると、片道二車線の立派な自動車専用道路に入り、いくつものカーブとトンネルを抜けた後で、私たちはこの島の「首都」であり(この島はポルトガルの自治領なのである)、私たちが泊まるホテルのあるフンシャルの町に入った。

しばらく南米のヴェネゼイラで働いた後、数年前に両親の住むマデイラに戻ってきたという運転手は、日本人を乗せたのは生まれて初めてだと、はしゃいでいる。そう言えば、ここまで来る日本人は、滅多にいないだろうな。
 フンシャルの町には高い建物(主にホテルなのであるが)が聳えており、私が想像していた「小さな漁村」とはずいぶん違っていた。そして、我々の泊まるホテル、「ペスタナ・ベイ」は、六階建ての近代的な四つ星ホテル。全ての面で、「海辺の小さな町で、ひなびたホテルに投宿しながら、街の風景などスケッチをしつつ、のんびり過ごす」という私が勝手に予想していたイメージとはかけ離れていた。
 午前一時前にホテルの部屋に落ち着く。スミレがベランダから外を見て驚いている。すぐ下が海なのだ。波が打ち寄せているのが見える。窓を閉めても、波の音が聞こえてくる。疲れているはずなのに、なかなか眠れない。私は横になり、波の音を聞いていた。

 結局、午前二時ごろに眠って、十月二十二日は朝七時に目が覚めた。まだ真っ暗。夜が明ける気配もない。そもそもマデイラとロンドンに時差がないことに私は驚いていた。ロンドンはもちろん東経、西経の境目、つまり零度に位置する。マデイラは西経十六度。通常緯度が十五度異なると、一時間の時差があるべきところ、そこを無理やり同じ時間帯にしているのである。マデイラでは午後一時に太陽が南中し、午前七時は、本来ならば午前六時ということになる。暗いはずである。
 午前八時になってもまだ暗い。八時半頃、ようやく明るくなってきたので、外に出てみることにした。妻とポヨ子はまだ眠っている。曇り空。ベランダから外を見ると、海からそそり立っている高い崖の上のほうが雲に隠れている。
 外に出るとき、ロンドンにいるときの癖で、ジャケットを着てきてしまった。しかし、外に出ると暖かい。Tシャツ一枚で十分である。何となくネットリとした湿気がある暖かさ。日本人とっては懐かしい湿り具合である。坂を上ってメインロードに出てみる。それだけで、履いているジーンズが汗で肌にくっつくような感じになった。

 

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