地獄八景亡者戯聞き比べ − 人呑鬼
一ヶ月前から書き始め、一度執筆の場所をロンドンからマデイラに移し、ロンドンに戻ってからまだ書き続けているこの文章も、いよいよ最後のエピソード、人呑鬼(じんどんき)のくだりとなりました。秋もめっきり深まってきています。よくめげずにここまで来たものです。
「大王様、お呼びでごんすかい。」
「やあ、人呑鬼か、この四人の亡者、お前にくれてやる。呑んでしまえ。」
「こら、娑婆から来たてと見えるな。脂が乗って旨そうなわい。」
おそろしく大きな鬼です。この鬼、誰に似ているかと言うと、吉朝によりますと、元横綱、K1で負け続け今は一体何をやっているでしょうね、曙(あけぼの)です。
「曙でっせ、サインもらいまひょか。」
「『あけぼの』と違いまんがな、『ばけもの』でんがな。」
という会話があります。
この鬼、文字通り「人を呑む鬼」で、石臼のような歯をしています。
「あんな歯で噛まれたらたまらんなあ。」
亡者たちが恐れておりますと、松井泉水が名乗りでます。
「わしゃ歯抜師や。任しとき。鬼さん、お前虫歯があるな。夜中に痛むやろ。」
枝雀によりますと、この鬼、図体はでかいが怖がりみたいです。
「見て分っかりますかあ。ちょいちょい歯医者はんにも行くけどね、待合室で週刊誌読んでると、遠くの方から『キーン』、あれ聞いたらフーッと卒倒してしまうねん。」
「治したる、治したる。悪い歯皆抜いて、ええ歯だけにしたろ。わしらかて、虫歯、悪い歯で噛まれて、半分噛まれて半分生きてるというのは辛いがな。ひと思いにええ歯で噛んでもらいたい。」
「痛いことせえへんか。ほんまにせえへんか。」
歯抜師は、鬼の掌に乗せてもらい、鬼の口の中に入ります。そして、悪い歯だけ抜くと偽り、良い歯にも全部薬をつけてしまいます。そして、鬼に手拭を歯にからますように巻いて、噛みしめるように言います。
「熱い唾が湧いてきたか、出てきたか、ようし、ほんならパーッと思い切って、その手拭を吐き出すんやで。ええか。ひいふのみっつ。」
ボロボロボロボロ・・・人呑鬼は、歯抜けになってしまったのでした。
怒った人呑鬼は、四人の亡者を次々と呑みこみます。しかし、歯がないので鵜呑みに。その結果、四人は「無事に」鬼の胃袋の中に納まったのでした。
この場面で、吉朝はなかなか本質的な疑問を投げかけています。
「命ばかりは助かりましたな。」
「何言うてまんねん。わたいらもう死んでまんねんで。」
人呑鬼に噛まれたら、死ぬのか、それとも生きるのか、一体どっちなのでしょうね。