地獄八景亡者戯聞き比べ − 残された四人

 

 オーディションが終わった後、四人の亡者の名前が読み上げられます。その四人とは、医者の山井養仙(やまいようせん)、山伏の螺尾福海(ほらおふくかい)、歯抜き師の松井泉水(まついせんすい)、軽業師の和屋竹の野良一です。(文我のみ、軽業師が木下キグレとなっています。木下サーカス、キグレサーカスですよね。)

「以上の四名を残して、他の亡者は極楽に通ってよろしい」

とのこと。ええっ、そんなのあり?そんなにあっさり、極楽へ通してもらえるのなら、あの厳しい「オーディション」はなんだったのでしょうね。しかし、ここは余りつっこまないことにいたしましょう。

 

さて、残された四人にのみ、地獄送りが申し付けられます。その罪状は以下の通りです。

山井養仙:未熟なる医術を行ない、助かる病人まで殺してしまった。

螺尾福海:キツネをつけるとか、タヌキを引き抜くとか、怪しげなる詐術を行ない、人心を惑わした。

松井泉水:虫歯を抜くと称して、丈夫な歯まで抜き取り、金銀を貪った。

和屋竹の野良一:諸人の頭の上にてハラハラする技を演じて、見る者の寿命を縮めた。

ところが、ひとり、読み上げられた罪状に異議を唱えるものが出てきます。

山井養仙:「おおそれながら大王様。」

閻魔:「なんじゃ、山井養仙。」、

山井養仙:「私、そのようなこと、とんと身に覚えがござりませぬ。」

閻魔:「身に覚えがないと申すか。」

山井養仙:「寝耳に水でございます。」

閻魔:「寝耳に水とな。おうおうおう、山井養仙・・・アホ、閻魔を乗せるな!」

このやりとり、吉朝のギャグです。出展はもちろん「遠山の金さん」。そして、五人の演者の五通りの筋書きの中で、私が一番笑ったのが、この部分でした。

 

この四人のうち、ふたりにはモデルがいます。

松井泉水:モデルは曲独楽師、松井源水。越中礪波出身の先祖が丸薬「反魂丹」を売り歩く際、輪鼓(りゅうご:巨大ヨーヨーのよ
うなコマを空中に紐で舞わせる芸)を見せたのが起源。一七三五年、松井源水が浅草の大道で歯磨き粉売り・抜歯を商いとし居合抜
きと共に曲独楽を演じた記録が残る。
 
和屋竹の野良一:モデルは幕末期の軽業師、早竹虎吉。一座は天保ごろより大阪を拠点として活躍、一八五七年に江戸に進出、アメ
リカ巡業も果たし一世を風靡した。得意は「曲差し(きょくざし)」と呼ばれる、長い竹竿を肩や足で支え上部で子方が軽業や早替り
などの技をするというもの。過剰な音曲と口上で史実や芝居の場面と曲芸を交錯させ見物人にイメージを膨らませることで、より曲
芸の効果を高めた。
(以上、「世紀末亭」HPより引用させていただきました。有難うございます。)
 ともかく、地獄行きの判決を受けた、この四人の運命やいかに・・・ 
 

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