フレッド・ウールマン
Fred Uhlman
「友との再会」
原題:Reunion
ドイツ語題:Der wiedergefundene Freund
1977年
<はじめに>
最後の最後で、物語全体をビシッと締めてしまう小説には良く出会う。しかし、この小説はそんな中でも出色。最後のたった一行で、三つか四つの単語で、三十年間という時間と、ドイツとアメリカという空間を、埋め尽くしてしまう。思わず唸り、次に拍手をしたくなるような結末、そして最後の一行であった。
この小説、読み始めた時は、舞台もドイツ、登場人物もドイツ人なので、てっきりドイツ語で書かれたものだと思った。しかし、実は英語で書かれた小説の翻訳であった。作者は英国在住のドイツ人。(ウールマンは一九八五年に逝去)何故彼が英語で書いたか、小説を読んでいくうちに、その理由がよく分かったような気がした。
<ストーリー>
一九三二年。ドイツ、シュツットガルト。ハンス・シュヴァルツ、十六歳は、裕福なユダヤ人医師の息子である。彼は、裕福な家庭の子弟が多い、ギムナジウムに通っている、本の好きな、寡黙な少年であった。
ある日、彼のクラスにひとりの転校生がやって来る。優雅な物腰、隙のない服装、その転校生の名前を聞いて、クラスの誰もが驚く。
「コンラーディン・フォン・ホーエンフェルス」
彼は、シュツットガルトで何百年も続く、名門中の名門、ホーエンフェルス伯爵家の跡取りであった。
最初、クラスメートの何人かがコンラーディンを仲間に引き入れようとするが、彼は誰とも距離を置いて接する。ハンスは、不思議な魅力、一種の「オーラ」を放つコンラーディンと友達となろうと試みる。ハンスは授業中積極的に発言をし、体育の時間には率先して体操の演技を見せるなど、コンラーディンの目を自分に向けようと努力をする。そして、古いコインの収集というふたりの共通の趣味を発見、ついに彼との会話に成功する。
間もなく、ふたりは打ち解け、親友となる。彼らは学校の行き帰り、週末、休暇などを一緒に過ごす。それから、ほぼ一年間、ふたりは互いを親友として認め合い、楽しい時間を過ごす。ハンスは「真の友の為には自分は死ぬことができる」と、コンラーディンとの友情を表現する。
ハンスはコンラーディンを自分の家に連れて来る。ハンスの母親は自然な調子でコンラーディンを迎え入れるが、父親は市の名士の息子のご入来と言うことで、すっかり緊張して、しゃちこばってしまう。ともかく、コンラーディンはハンスの家族に溶け込み、しばしば家を訪れ、ハンスの家族と時間を過すことになる。
ハンスは最初、自分がコンラーディンの家に招待されないのが不満だった。彼らはいつも、コンラーディンの家の前まで一緒に行っても、ライオンの紋章のついたいかめしい鉄格子の門の前でふたりは別れていた。
ある日、コンラーディンがハンスに中に入らないかと勧める。突然の誘いに戸惑いながらも、ハンスは城のような邸に足を踏み入れる。それからも、ハンスはコンラーディンの邸を数回訪れる。彼が訪れる時、いつもコンラーディンの父母は不在であった。
ある夜、フルトヴェングラーの指揮をするオペラ「フィデリオ」の公演に出かけたハンスは、コンラーディンが父母と一緒に現れるのを見る。伯爵家の一族は、他の観客に会釈をしながら、最前列に座る。休憩時間、ハンスはコンラーディンと話すため、ホールに出る。父母と一緒に前を通りかかったコンラーディンはハンスに気が付くと、家族と離れ、物陰に隠れてしまう。
翌日、ハンスは、前夜のコンラーディンの行動をなじる。コンラーディンは、自分の母親がユダヤ人を毛嫌いしていることを伝える。彼は、親友を失いたくないために、これまでそのことをハンスに伝えなかったと話す。
しかし、ユダヤ人に対し、反感を持つ者は、コンラーディンの母親だけではなかった。ヒトラーの台頭、そのプロヴァガンダの為に、一般社会だけでなく、ハンスの学校にも、次第に反ユダヤの風潮が蔓延しはじめる。ハンスも学校で級友のいじめに晒されることになる。
ハンスの父は、息子の行く末を案じ、彼をアメリカにいる親戚の元に預けることを決意する。ハンスは父の言葉に従い、アメリカに渡る。故郷を去る日、ハンスのもとに二通の手紙が届く。一通はナチスの級友の「二度と帰ってくるな」という侮蔑の手紙、もう一通はコンラーディンからの別れの手紙であった。
アメリカに渡ったハンスは、故郷の父母の死を知る。彼らは、ユダヤ人として収容所に送られる前に、自らの命を絶ったのであった。ハンスはアメリカの大学で法学を学び、アメリカ人女性と結婚、弁護士としての道を歩み始める。自分の父母を殺したドイツとドイツ人とは殆ど没交渉で、彼はアメリカ人としての第二の人生の成功者となる。
そんな彼の元に、ある日、ドイツのギムナジウムから一通の手紙が届く。そして、それにより、彼は三十年ぶりにコンラーディンの消息を知ることになる・・・・
<感想など>
最初、これは作者ウールマンの自伝的小説かと思ったのだが、そうではなかった。ウールマンは一九〇一年生まれ。確かにドイツのユダヤ人の家庭に生まれ、ユダヤ人迫害を逃れドイツを去っているが、ヒトラーが首相となった一九三三年には、彼は既にドイツの大学を卒業していた。彼は、フランスとスペインを放浪した末、無一文状態で英国に渡り、そこで英国人女性と結婚、画家として成功する。「友との再会」は、画家として著名な彼の、数少ない文筆作品のひとつである。
私事であるが、私は十七歳のときにもう自叙伝を書いていた。今、それを読み返すと、当時の自分のものの感じ方が分かり面白い。今回、このハンスとコンラーディンという、ふたりのティーンエージャーのやり取りを読んで、彼らの感じ方が、自分の十七歳の時に非常によく似ているので驚いてしまう。ウールマンがこの本を書いたとき、彼はもう七十歳を越えていたはずだが、その時にまだ、キラキラ光るようなティーンエージャーの感受性を持っていたことになる。それは驚きである。
ハンスはユダヤ人である。ヨーロッパに住んでいて、「ユダヤ人」という人たちを眺めるにつけ、つくづく変わった人たちだと思う。ヨーロッパで、他民族に囲まれて、もう二千年以上も住みながら、頑なに、周囲の社会との同化を拒んでいる人たち。もう少し、その土地土地の慣習に溶け込む努力をすれば、あれほどまでに皆に嫌われ、迫害を受けることもなかったであろうと思う。反面、同化を受け入れていれば、とっくの昔にユダヤ人のアイデンティティーなど、失われていたかも知れないが。私は、ユダヤ人である前に、ドイツ人であり、ヨーロッパ人であるという姿勢を貫いた、ハンスの父の姿勢には共感が持てる。
ハンスは、隣人の家が火事になり、中にいた三人の子供たちが焼死するという事件に遭遇する。そして、「何故、神はその時彼らを助けなかったのか」と考える。すなわち、「神」の存在に疑問を持ち始める。その時、彼は宇宙の本を読み耽り、自分たちがいかにう宇宙の中ではちっぽけな存在で、「神」なるものがいたとしても、そんな砂浜の砂粒のようなちっぽけな存在のひとりひとりを、見守れる訳がないと思い始める。その辺りの、論理の展開が、十代の頃の私とそっくりで、本当に共感が持てるのである。
「君のためなら死ぬことができる。」
ハンスは、コンラーディンに対してそう思う。高校生の頃、「愛と誠」という漫画があった。岩清水君という真面目な高校生が、「早乙女君(主人公の女性)、君のためなら死ねる」という表現を使って、当時は一種の流行語になった。しかし、それは男性が女性に対するものである。同姓の人間に対する友情に殉じると言うのは、また別の話かも知れない。私は、親友と言うものは「裏切られても恨まない」そんな、利害を超えた関係のなかに成り立つと思っている。そういう意味では「君のためなら死ぬことができる」という表現は、利害を超えた真の友情の、別の表現方法かも知れない。
今回、二度目に読んだが、一度目以上に感動した。良い話である。
(2007年6月)