時刻表
我が家の時刻表コレクション。たまにしか買わないので(買えないので)全然揃っていない。
父は昔大学の事務室に勤めていた。父が僕のために持って帰ってくれたもの、それは片面を印刷しただけで反故になった紙と、月遅れの時刻表であった。小学校に入る随分前、幼稚園時代から、僕は片面のみ印刷された紙の裏側に絵を描き、時刻表を眺めて暮らしていた。結構早くから、僕は時刻表に書かれた数字や記号(駅弁、赤帽、みどりの窓口等)の意味も理解していたし、「博多」「米原」「岐阜」など、一見普通でない読み方の駅名もマスターしていた。漫画ならぬ時刻表を読み耽る、僕は「けったいな子」であった。
時刻表の復刻版というものが出ているらしい。あの頃の、四十年以上前の時刻表を今でも保存していて、眺めることができたら随分面白いだろうなと思う。もちろん、当時のものは捨ててしまって、残っていないが。
僕は今でも時刻表を「読む」のが好きだ。
昨年の秋、妻が祖母の看病のために金沢に数ヶ月帰っていた。残念ながら祖母は亡くなり、妻は葬儀の数日後、英国に戻ることになった。そのとき妻は僕に電話で、
「お土産に何か買ってきて欲しい物ある?」
と聞いてきた。僕は迷わず、
「JRの時刻表の一番新しいのを買ってきて。」
と頼んだ。
「あれ、結構重たいのよね。」
とか言いながらも、妻は時刻表を買ってきてくれた。真新しい時刻表を開いてみると、寝台特急「あさかぜ」と「さくら」が消えており、新幹線ではN七百系の車両が増えており、北海道では「スーパーカムイ」なる特急が札幌・旭川間を走り始めていた。ただ、それらの事項は、英国に住んでいる人間にとって、「それがどうやねん」、まさに日常生活に何の役にも立たない知識なのである。
いや、一度役に立ったぞ。京都の親戚にシンちゃんという小学生の男の子がいる。彼も乗物大好き少年で、暇さえあれば「鉄道図鑑」「楽しい乗り物」なんて本を眺めている。休みの日には時々、お父さんにおねだりして、駅に電車を見に連れて行って貰っているらしい。したがって、シンちゃんはJRの車両のことには、やたら詳しい。
この京都で彼に会ったとき、シンちゃんが僕に「新幹線大図鑑」を見せて、僕に聞いてきた。
「おっちゃん、これ知ってるか?」
「これはゼロ系、これは百系、こっちが二百系、これは五百系、これは七百系、これは新七百系やろ。」
全部当ててやった。へへへ、目を丸くしている。
「おっちゃん、ロンドンに住んでて、何でそんなに良う知ってんねん。」
彼は、自分と同等の「実力者」の出現に驚いていた。そして、それが「ロンドンのおじさん」であるがゆえに、プライドを傷つけられたのか、ちょっと不満そうであった。
2005年3月1日、廃止になった寝台特急「あさかぜ」の前で。
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