東京・新橋・品川・大井町・・・
私のお気に入りのブライトン駅
「山手線ゲーム」ではない。僕は、小学生の頃、東京から京都までの東海道本線の駅名を全部暗唱した。その理由は思い出せない。多分、そんなことができる人がNHKテレビの「私の秘密」か「それは私です」に出ていて、時刻表少年の僕は「それくらいおいらにだってできらい」と思ったのであろう。
「東京、新橋、品川、大井町、大森、蒲田・・・」で始まり、「・・・大津、山科、京都」で終わる。何と四十年経った今でも覚えていてスラスラ言える。認知症のご老人たちも、子供の頃の記憶は確かだと言われる。本当に長期記憶ってのは素晴らしい。
しかし、歳をとるにつれて、中期記憶、特に三十歳以降の記憶は丸きりダメ。最近、特に人の名前をすぐ忘れてしまうし、覚えられない。銭湯のテレビで古いドラマの再放送を見る。昔結構好きだった女優さんが主人公。刑事ドラマだ。しかし、名前が思い出せない。そして、彼女の名前が「名取裕子」であることを思い出すのに丸四日もかかってしまった。
「ええと、あの、細身で、結構可愛くて、好きだったんだけど、森本レオに一発やられた、あの女優の名前何だったかな、ああ、どうしても出てこない。」
(どうして森本レオの名前は忘れないのかなあ。)
「昨日会った会社の支店長の名前、あのはげちゃびんおやっさんの名前、何やったかなあ。あーだめだ、思い出せない。」
毎日こんなもの忘れとの戦いである。
しかし、東海道本線の駅名は、何年経っても、何十年ギャップがあっても、決して忘れない。不思議なものである。
しかし、これほど役に立たない「芸」もない。ごくたまに、東海道沿線出身の女性と知り合うことになる。こんなとき、少しは便利である。
「リエさん、ご出身はどちらですか。」
「わたくし、神奈川県の平塚ですの。」
「そうですか、平塚ですか。となりが『茅ヶ崎』で、反対側が『大磯』ですよね。」
「あら、モトさん、あの辺りのこと、お詳しいんですの。」
と、ちょっとした会話のきっかけにはなる。しかし、それ以外僕は何も知らないので、話はそれ以上発展しないのである。
「エミさんって、静岡の方ですか。」
「はい、磐田なんですの。」
「じゃあ、隣が袋井で天竜川の近くですね。」
これで、磐田にサッカーチームがあるのを知らなければまさにそれだけの会話。駅名を知っていることをきっかけに、リエさんやエミさんとのお付き合いが進展したというような経験は全くないのである。人間、役に立たない、それでいて、自分では愛おしい記憶を抱きつつ、死んでいくのである。
セントパンクラス駅も古い歴史を伝えていたがユーロスター発着を契機に内部はすっかり近代的に改装された。