「アルメンとトンボ」
Allmen und die
Libellen
(2011年)
<はじめに>
美術品探偵事務所「アルメン・インターナショナル・インクワイヤリーズ」シリーズの第一作。金に窮して、万引きを繰り返していたアルメンが、最初の事件を解決し、執事のカーロスと一緒に、盗難にあった美需品の調査会社の設立を思いつくまでを描く。
<ストーリー>
ヨハン・フリードリヒ・フォン・アルメンは、農家の独り息子として生まれた。父親は高速道路の建設予定地に土地を持っており、それを売ることにより莫大な金を得る。その金を更に別の高速道路予定地に投資し、それが更に金を生んだ。アルメンは、父親から潤沢な仕送りを受け、世界中のあちこちへ遊学し、一流品を身に付け、高級レストランやホテルを利用するという贅沢なライフスタイルを満喫する。
しかし、父親が死んでその仕送りが途絶えてからも、アルメンはライフスタイルを変えることができなかった。彼は働くことなど考えもせず、家財を売って遊興費に充てる。屋敷も母屋は他人に売り、彼自身は庭にある庭番の家に住むようになる。売るものがなくなってからは、後は借金を重ね、借金取りに追われる立場になる。借金の返済に迫られて、彼がやり始めたことは、骨董店で高価な買物をし、店主がそれを包装している間に、遥かに高価な品物を盗むというということだった。
アルメンは毎日午前中、「ヴィエノア」という名のカフェで朝食を取るのが常であった。その常連客に、骨董店を経営するジャック・タナーがいた。タナーは、アルメンが盗品を持ち込んでも、その素性を詮索することなく買い取る。
アルメンはカーロスというグアテマラ人の男と一緒に暮らしていた。アルメンはカーロスの父親に頼まれて、彼をスイスに連れ帰り、正式に雇用しようとした。しかし、結局労働許可は下りず、カーロスは非合法に滞在することになった。金回りが悪くなり、使用人を次々と辞めさせた後、カーロスだけは残り、一緒に庭番の家に住み、アルメンの執事兼庭師兼料理人兼経理兼・・・つまり、アルメンのあらゆる世話を引き受けていた。アルメンはとうの昔からカーロスに賃金を払っていなかったが、それでもカーロスは居続けていた。
アルメンは、これまで毎年、オペラ座の年間予約席をふたつ購入していた。金回りが悪くなり、借金漬けになってもそれを続けていたが、さすがに、その席を友人に転売していた。劇場のシーズンが始まる。出し物はプッチーニの「蝶々婦人」。その初日の開演前、アルメンが劇場の近くのバーで酒を飲んでいると、ひとりの三十代の女性が彼に近寄ってくる。
「あなたがアルメンね。」
と彼女は親しげに話しかけてくるが、アルメンは彼女のことを思い出せない。彼女は、アルメンの隣の席の切符を買ったものの、結局行けなくなった友人から切符を貰い受け、アルメンの隣の席でオペラを鑑賞することになったという。ジョエル・ヒルトと名乗るその女性は、オペラの上演中、アルメンの膝に手を伸ばしてくる。
ふたりはオペラを見た後、彼女の屋敷に向かい、そこでベッドを共にする。彼女は、会計監査会社を経営するクラウス・ヒルト父と一緒に、湖の畔に立つその屋敷に住んでいるという。夜中に目を覚ましたアルメンは、トイレに立ち、その反対側の部屋に、高価な美術品が並んでいるのを見つける。彼は、その中でも、トンボの絵の描かれた、アール・ヌーヴォーのガラス皿に魅せられる。彼は六枚組の皿のうち一枚をタオルに包み、玄関から外に出て、屋敷の生垣の中に隠す。
翌朝一緒に朝食を取った後、ジョエルはアルメンを車で送る。その夜、アルメンは友人から借りた車で、再びジョエルの屋敷を訪れ、生垣の中に隠しておいた皿を取って帰る。その皿は、タナーによって二万フランで引き受けられ、アルメンはその金で借金の一部を返す。タナーは、もし同じようなスタイルの出物があれば、喜んで引き取るという。
アルメンはその数週間後、再びジョエルを誘う。超高級レストランで高価なワインを何本も空けた後、アルメンはなけなしの金で勘定を払って店を出る。その日もジョエルは自分の屋敷にアルメンを誘う。その日、屋敷の駐車場には何台もの高級車が停まっていた。ジョエルは、彼女の兄が、パーティーをしているのだと言う。例によってジョエルと事に及んだ後、深夜アルメンが目を覚ますと、ジョエルはいびきをかいて、深く寝込んでいる。アルメンは彼女が寝る前に睡眠薬を飲んでいることを知る。彼は、今回は残りの五枚のトンボの柄のガラス皿をタオルに包み、同じように生垣に隠す。アルメンはそのとき、廊下でジョエルの父親と思しき男を見かける。
翌朝、遅く起きたジョエルと一緒に朝食を済ませた後アルメンは家に戻る。彼はその夜、再び友人に車を借り、隠しておいた皿を取りに行く。皿を取って帰る途中、彼は警察の検問で停められる。しかし、それは単に飲酒運転の取り締まりであった。
翌日、盗んできた皿を写真に撮り、その皿をどこかに隠すようカーロスに命じた後、アルメンはその写真を持って、骨董商タナーの店を訪れる。そこでアルメンは、店の主人がライフルで頭を撃たれて死んでいるのを発見する。しかし、彼は警察に通報することなく、自宅に帰る。カーロスはアルメンが精神的にひどい状態にあるのを見て、どうしたのかと尋ねる。アルメンはその日あった出来事をカーロスに話す。カーロスは、トンボの皿がかつて展覧会から盗まれたものであること、そして、発見した者に対して四十万フランの報奨金が支払われることを告げる。
翌朝アルメンが起きると、カーロスは出かけていた。そこへ借金取りが現れ、アルメンのグランドピアノを借金のかたとして持っていく。その後、アルメンが外へ出たとき、彼は胸に激しいショックを受け、気を失う。アルメンが目を覚ますと、カーロスが心配そうに彼を見ていた。何者かが、アルメンに向かって銃を発射したものの、その銃弾が、アルメンのズボンのサスペンダーの金具に当たり、アルメンは奇跡的に命拾いをしたのであった。アルメンはカーロスに皿は無事かと尋ねる。カーロスは皿をグランドピアノの中に隠したと言う。
アルメンは、皿を取り戻すために戦いを始めることを決意する。
手始めに彼は、襲撃者から逃れるためにホテルに居を移す。次にジョエルに電話をし、彼女の父親クラウス・ヒルトの電話番号を聞き出し、電話をかける。最初は訪問を拒んでいたヒルトであるが、アルメンが「トンボのガラス皿」のことを口に出すと、アルメンに会うことをしぶしぶ承知する。ヒルトは皿が元々は盗品であることを知っていたのだった。アルメンはヒルトの屋敷に向かう。ヒルトはアルメンを迎え、皿が彼の家にあった事情を話す。それは、アルメンにとっても意外な事実であった・・・
<感想など>
後で出版された本を先に読んだが、そこでは、アルメンはすっかり「アルメン・インターナショナル・インクワイヤリー」の所長に納まっているが、何と最初は骨董品の窃盗で生計を立てていたのだった。「アルメン・インターナショナル・インクワイヤリー」は美術品専門の探偵社である。しかし、かつての泥棒がやっているのであるから、これほどしっかりした探偵社はないのである。何と言っても「蛇の道は蛇」というくらいであるから。
また、ここでは、アルメンの忠実な召使であり、協力者であり、ブレーンであるカーロスとの出会いも描かれる。
しかし、古いギャグを、よくぞここまで使ってくださいました、という感じである。皿を隠したピアノが借金の「かた」に持っていかれる。ピストルで撃たれたが、ズボン釣りの金具で弾が当たって事なきを得る。盗品を持って車で逃げているときに警察に停められたが、結局は飲酒運転の取り締まりだった。これら、吉本新喜劇並みに、使い古されたドタバタ、ギャグを臆面もなく、ズーターは次々と繰り出している。もちろん、意識的であろうが。この物語には続編が書かれ、同じ登場人物が、同じギャグを演じるという予感を、読者は持つ。また、事実その通りになるのであるが。
トンボの柄のガラス皿は、ドイツ語で言うと「ユーゲントシュティール」、フランス語で言うと「アール・ヌーヴォー」である。「Wikipedia」によると、以下のようになる。
「アール・ヌーヴォーは、十九世紀末から二十世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に開花した国際的な美術運動。『新しい芸術』を意味する。花や植物などの有機的なモチーフや自由曲線の組み合わせによる従来の様式に囚われない装飾性や、鉄やガラスといった当時の新素材の利用などが特徴。分野としては建築、工芸品、グラフィックデザインなど多岐に亘った。」
アール・ヌーヴォーの皿をインタネットで見てみると、確かにに曲線が多く、装飾的で美しいが、実用にはちょっとねという感じのものが多い。「トンボの絵の描いたガラス皿」というのを捜してみたが結局は見つからなかった。
作者のズーターが、美術品を扱った小説を書くことには伏線がある。それは二〇〇八年に発表された「最後のヴァインフェルト」である。美術鑑定人である主人公のヴァインフェルトとアルメンには、生活、人生観、ライフスタイルで多くの共通点が見つけられる。
この手の物語は、「大人の童話」と考え、余りリアリティー等にあれこれ言わない方がよい。気楽に読めて、肩が凝らずに楽しめる本である。食べ応えはないし、栄養もないけれども、一瞬楽しめる「おやつ」的な作品。
(2015年12月)