「アルメンとダリア」
Allmen und die Dahlien
(2013年)
<はじめに>
しばらくマルティン・ズーターの作品から遠ざかっているうちに、彼は、探偵小説のシリーズを書いていた。美術品の捜査を専門とする、「アルメン・インターナショナル・インクワイヤリーズ」の物語。所長のアルメンがアシスタントのマリアとカーロスの手助けを得て、盗まれた美術品を発見し、元の持ち主に返す方法を画策する。
<ストーリー>
美術専門の探偵社「アルメン・インターナショナル・インクワイヤリーズ」を営むヨハン・フリードリヒ・フォン・アルメンは、助手のカーロスとマリア・モレノと一緒に住んでいる。カーロスはグアテマラ人、マリアはコロンビア人であるが、正式のヴィザは持っていない。いわば非合法移民である。アルメンはある日、チェリル・タルフェルトという女性から、至急会いたいという連絡を受け、指定された「シュロス・ホテル」に向かう。ホテルはかつて五つ星であり、高級ホテルの代名詞であったが、今は古びて星を落としていた。
シュロス・ホテルのロビーでアルメンは化粧の濃い中年の女性タルフェルト夫人に会う。タルフェルト夫人は行方不明になった絵を取り戻すことをアルメンに依頼する。彼女は、自分の雇い主のダリア・グートバウアー夫人に引き合わせるために、アルメンを四階にあるスイートルームに連れて行く。
「グートバウアー」という名をアルメンは耳にしたことがあった。彼はグートバウアー家についての知識を呼び起こす。一人娘のダリア・グートバウアーは、実業家であった父から莫大な遺産を引き継ぎ、十数年に渡って社交界の女王として君臨した後、忽然と表舞台から姿を消していた。看護婦を伴って彼の前に現れたのは、九十歳を超えた老婆であった。グートバウアー夫人は、アンリ・ファントン・ラツールの「ダリア」の絵が、盗まれたこと、その絵は自分にとっては、何物にも代え難いものであることを告げる。絵はグートバウアー夫人が永年に渡って借りている、ホテルのスイートルームの一室から消えているのが、前日に発見されたという。
「何故警察に連絡しないのですか。」
かというアルメンの質問にグートバウアーは言葉を濁す。彼女は、その「ダリア」の絵が、「ダリア」と言う名前の自分の信奉者からのプレゼントであり、自分が過去六十年間、その絵と暮らしてきたと述べる。アンリ・ファントン・ラツールの花を題材にした絵は、先年、オークションで、百二十万スイスフランという破格の値段がついていた。アルメンは、絵の値段の十パーセントという成功報酬を条件に、その捜査を引き受ける。
アルメンはタルフェルト夫人に、絵の掛かっていた部屋に出入りすることができた人間のリストを求める。ホテルの従業員、グートバウアー夫人に雇われたスタッフ、医者、配管業者、エレベーターの修理人、その他その日の前後に泊まり合わせていたホテルの客、そのリストは優に五十人を超えるものであった。タルフェルト夫人によると、いつも掃除を担当するルームメイドがちょうどそのとき休暇を取っており、別のメイドが入っていたので、絵の掛かっていないことの発見が遅れたという。
アルメンはしばらくホテルに滞在することにする。彼は主に、ホテルの泊り客を担当することになる。彼のアシスタントのマリア・モレノも、従業員からの情報収集のため、ルームメイドを装ってホテルで働くことになる。マリアは同じく南米のエクアドル出身のピタ・コスタと組んで、各部屋の掃除を始める。
一方、カーロスは、インターネットで行方不明になった「ダリア」の絵の素性を調べる。絵は、六十年前、フランスで開かれていた展覧会で盗まれたものだった。アルメンは、何故グートバウアー夫人が、警察に連絡したがらないのか、その理由を知る。絵は元々盗品であったのだ。
アルメンがホテルに住み始めた日、客たちが食堂で夕食を取っていると、突然一人の年配の男性客が倒れる。彼はその場で息絶える。それはハーディー・フライと言う名の長期滞在客であった。グートバウアー夫人が騒ぎを聞いて四階からエレベーターで降りて来る。彼女は死んだ客を見て、
「ハーディー、ハーティー」
と言って泣き崩れる。駆け付けた救急隊の担当医は、フライが心臓発作で死んだと言う。
しばらくして、ひとりの男が現れる。男は、亡くなったフライは自分の叔父であるという。アルメンはその男、クロード・テンツに見覚えがあった。テンツは何度か犯罪絡みで、アルメンの捜査線上に挙がったことあったのだ。アルメンは夜間のフロント係の男に、クロード・テンツの電話番号を教えてくれと頼む。しかし、ホテルには彼の番号が登録されていなかった。テンツは何故、叔父の死を知ることが出来て、直ぐに駆け付けることができたのだろうかと、アルメンは訝しく思う。
カーロスはクロード・テンツについて調査を開始する。彼はこれまで複数の会社を経営していたが、多くの会社が、倒産したり、解散したりしていた。彼の載った多くの新聞記事に、別の男が頻繁に登場していた。その男、ティノ・レブラーは建設会社やナイトクラブの経営の他に、サッカー二部リーグのチームのオーナーでもある実業家、金持ちであった。アルメンは、クロード・テンツを洗ってみようと考えるが、彼の居所は分からない。ティノ・レブラーが、近くナイトクラブ「スノー・ホワイト」の開店することを知ったアルメンは、そのオープニングに出席し、直接タウブラーを洗ってみようと考える。アルメンは友人のディ・ジョイヤもナイトクラブ「スノー・ホワイト」のオープニングに招待されていることを知り、彼と一緒にクラブを訪れる。
カーロスは、死亡したハーディー・フライがレオ・タウブラーと同一人物であることを発見する。タウブラーは、一九五〇年代、銀行強盗団の一員として逮捕されていた。高級な服を着て、丁寧な口調で行員にピストルを突き付け、金を渡させる。そして、ゆっくりと銀行を去り、人混みの中に消えると、そんな銀行強盗が当時多発した。その時着ていたオーダーメイドの服の仕立屋のタグから、素性が分かりひとりが逮捕され、強盗団のメンバーが指名手配される。しかし、タウブラーは姿をくらまし、おそらく偽名で海外に逃亡したものと思われていた。その男は実は、グートバウアー夫人の知り合いで、偽名でシュロス・ホテルに長期滞在していたのであった。
ナイトクラブ「スノー・ホワイト」で、アルメンはティノ・レブラーに話しかける。アルメンは何とかクロード・テンツの電話番号を聞き出そうとするが、不成功に終わる。彼はそこでダリアという、「白雪姫」のように美しい、二十歳前後イタリア人の女性と出会う。彼女はティノ・レブラーの愛人であった。ナイトクラブからの帰途、ディ・ジョイヤはアルメンに、レブラーがダリアに贈ろうとして、ファントン・ラツールの別のダリアの花の絵を買おうとしたが、オークションで敗れて買うことができなかったと言う。
ホテルに戻ったアルメンは、グートバウアー夫人に面会を求め、彼女にハーディー・フライ、実は強盗団の一員、レオ・タウブラーとの関係についての説明を迫る。老女は五十年前の出来事を語る。
一九五八年の冬、三十七歳の彼女は年末、サン・モリッツに滞在していた。ギリシアの富豪オナシスの催した大晦日のパーティーの席で、彼女はレオ・タウブラーと出会う。自分とは素性も、育った環境も全く違うレオ・タウブラーに彼女は魅かれる。レオ・タウブラーは彼女にダリアの絵を贈る。彼女はそれを薄々盗品と知りながらも受け取る。その後、警察から指名手配を受けたタウブラーは、逮捕を免れるために、ブラジルへと逃げる。それから十年間、彼女はレオ・タウブラーと一緒に世界中を転々とする。それからもずっとレオ・タウブラーと付き合っていたのかというアルメンの質問に、グートバウアー夫人は、関係はずっと前に既に終わってしまっていると答える。アルメンは、何故、ここ数年間ふたりが同じホテルで暮らしていたのか不思議に思う。
アルメンは、ティノ・レブラーがファントン・ラツールの「ダリア」を欲しがっていたことを知り、彼とクロード・テンツが、絵の盗難に一枚噛んでいると考える。そしてティノ・レブラーの若い愛人ダリアから情報を引き出そうとする。ディ・ジョイヤを金で釣り、ダリアの携帯の番号を知ったアルメンはダリアに電話をする。何の用かと訪ねるダリアをアルメンは食事に誘う。ダリアは、食事は無理だが、ドリンクなら良いと言い、ふたりはホテルの近くのバーで待ち合わせる。アルメンがダリアに「ダリアの絵」の写真を見せようとしたとき、ティノ・レブラーの用心棒が現れ彼女を連れ去る。バーを出て、ホテルへの道を歩き出したアルメンを何者かが襲う。男はアルメンを殴り倒して逃げる。
カーロスとマリアの元に、深夜救急病院から電話が架かる。アルメンが事故に遭ったという。カーロスは慌ててタクシーで病院に向かう。そして、負傷したアルメンを連れて帰る。アルメンは、怒りと復讐心をエネルギーにして、三日目にして起き上がる。そして、青あざがついている片目を眼帯で覆い、ホテルに向かう。
マリアは同僚のルームメイドのピタが、絵の盗難があった日の前後、病気の母親を見舞うために休暇を取っていたことを知る。その休暇を取るように勧めたのが、タルフェルト夫人であった。また、タルフェルト夫人が、大叔父を訪ねて来たクロード・テンツと、ホテルの部屋で夜を過ごしていたことをピタから知る。
マリアから話を聞いたアルメンは、タルフェルト夫人が盗難の被害者ではなく、加害者のサイドにいることを確信する。ホテルに戻ったアルメンは、タルフェルト夫人を呼び出す。自分の名前を絶対に出さないという約束で、タルフェルト夫人は、自分とグートバウアー夫人の関係、また、その他の人物との関係を語り始める・・・
<感想など>
マルティン・ズーターという人は、毎回色々な全く違った題材を元に作品を発表し、その守備範囲の広さに驚くことがあった。彼の作品を読む機会が二年ほどなかったが、その間に彼が美術専門の探偵社を舞台にした、一種の犯罪小説のシリーズを書いていることを知った。私には、彼のそれまでの題材、作風からして、意外な感じがした。二〇一五年の暮れ現在で、そのシリーズは既に四作も書かれている。コメディータッチで、気軽に読める。
「アルメン・インターナショナル・インクワイヤリーズ」は、所長のヨハン・フリードリヒ・フォン・アルメンの他に、コック兼、庭師兼、執事兼、経理兼のカーロスと、掃除婦兼、買い物係のマリアが働いているだけに過ぎない。ふたりとも、南米からの非合法な移民である。しかし、所長のアルメンと、カーロス、マリアのふたりの関係は、単なる雇主、使用人の関係でない。カーロスとマリアはアルメンのブレーンなのである。アルメンは、大切な局面で常にカーロスの指示を仰ぐ。カーロスはその度に的確な指示を主人に送る。また、マリアは、今回は仮面捜査員としてホテルに乗り込み、数々の貴重な情報をもたらす。結局、三人がチームプレーで難題を解決していくという構図なのである。
読んでいて、何とかならないかと思ったのは、登場人物の名前が似ていて、混乱したことである。例えば、「ティノ・レブラー」と「レオ・タウブラー」。どうせ架空の名前なのであるから、もう少し読者が簡単に識別できる名前をつけて欲しかった。
この小説を読む前、スウェーデンの作家、マリ・ユングステッドの「殺人者の芸術」という本を読んだ。それも実際に存在する絵を題材にしたものだった。この物語に登場するファントン・ラツールの「ダリア」の絵も実在する。ファントン・ラツールは、静物画、特に花の絵を得意としており、確かに写真で見ただけでも、その素晴らしさが分かる。
美術品というものは、基本的にこの世にひとつしかないわけである。つまり、その価値は、相対的なものではなく、持ち主あるいは買い手の心ひとつで決まってしまうというちょっと恐ろしいものだ。しかし、この世にひとつしかないのであるから、盗んでもそれを他人に見せられないというジレンマがある。「価値があってないようなもの」、「盗品は自分でしか楽しむことができない」この美術品の特徴を、ズーターは巧みにストーリーに取り入れていると言える。
軽いタッチで短い作品、メインコースとしてではなく、スナック、軽食としては、まあ楽しめた。シリーズなので、当然、全部の作品を読むことになるだろう。
(2015年11月)