皿叩き割りダンス
独りオーケストラのお兄さん。アシスタント女性は荷物を運ぶだけで、歌も踊りもしない。何かやったら?
山登りを終え、一度アパートに戻って少し昼寝をする。今日は最後の夜である。豪勢に夕食ということで、最初の夜に行った「イレーネの店」へ行くことに決める。値段は決して安くはないが、ワインの品揃えも、料理の味も良い。最後にまたあの「威勢の良い名物お姉ちゃん」の顔を見るのも悪くない。
七時過ぎに店に行く。イレーネは、今日は白の上下を着ている。
「今日は八時からギリシア音楽があるから、聞いていってね。」
とイレーネは言った。今日は店で「民族音楽の夕べ」があるらしい。ラッキー。楽団でも来るのだろうかと期待する。
マユミは「シーフードのリゾット」あるいは「海鮮おじや」、僕は豚肉のトマトソース煮を注文する。周りの店には閑古鳥が鳴いているのに対し、このイレーネの店にはどんどん客が入って来る。ワインは店のオリジナルの白を注文。ラベルによると銘柄は「プリンセス・イレーネ」、
「おそれいりました。」
実際、イレーネはちょっと「すれっからし」で、とても「プリンセス」というイメージではないが。しかし、これもあっさりした口当たり、喉越しで美味い。ワイン工場で飲んだような「太陽の香り」はないが、その分一段とさらっとしていて飲み易い。
八時になり、「ミュージシャン」が入ってくる。と言っても、楽団ではなくお兄ちゃんがひとりだけ。つまり彼の「ワンマンバンド」なのである。お兄ちゃんは、キーボードにセットしてある伴奏とパーカッションをバックに、マンドリンのようなギリシアの弦楽器を弾きだした。
曲目は定番、「日曜はダメよ」、「その男ゾルバ」のテーマから始まる。日本でエレクトーンのコンサートを聴きにいったときに教えてもらったのだが、最近の電子キーボードでは、予めメロディーを除く「伴奏部」を自分で弾いて録音しておき、それに合わせてメロディーを弾いたり歌ったりする「独りオーケストラ」みたいなことが、できるのである。
しばらくして、曲が短調に変る。それに合わせて、イレーネが直径三十センチはある、大きな白い皿を持って踊りだした。イレーネは食堂の采配の他に、エンターテイナーの役割も果たすのである。スーパーお姉さん
「プレート・スマッシング・ダンス」(皿叩き割り踊り)
と彼女自らが紹介した踊り。名前通り、踊りの最後で、彼女はその皿を床に叩きつけて割ってしまった。彼女の解説によると、皿を叩き割ることにより、ストレスが解消され、幸せがやってくるという。
「日曜日はダメよ」のシーンで、飲み屋でグラスに入った「ウーゾ」(ギリシアの地酒)を一気飲みした後で、そのグラスを床に叩きつけて割るというシーンがたびたびあった。どうも、ギリシア人は皿を割るということに、罪悪感を持たない民族らしい。
イレーネの皿叩き割りダンス。割った皿の破片はあっと言う間に片付けられた。