指輪物語(一)
仲良くなったトーマス、カーリン夫妻と、ワインを飲みながら。
目の前の岩の、水面から二十メートルくらい上にひとりの若者が上っている。
「えっ、あそこから飛び込むの。まさか。」
僕も目から見ると、若者の立つ岩の真下は、水ではなく、別の岩のように思えた。若者が飛び込んだ。無事水の中へ。彼が水の中から頭を出したとき、その湾にいた誰もが拍手をした。
僕達はそのドイツ人のカップル、トーマスとカーリンと意気投合してしまい、それから四人で港の魚料理店へ行く。そこで、地元産のワインを飲みながら話を続ける。ピッチャーに入って出てきた白のハウスワインは少し濃い色で、リンゴジュースのような色。自然な口当たりで美味しかった。カーリンが氷を注文して、氷のかけらをひとつワイングラスに入れる。とたんに口当たりが一段と軽くなり、飲み易くなる。
「モトとマユミの銀婚式に乾杯!」
「サントリーニ島での休暇に乾杯!」
などと言ってグラスを合わせる。美味しいが、運転があるのでワインは一杯だけにしておく。
「でも、サントリーニ島では警察を見ないよね。」
僕が言うと、トーマスが、
「サントリーニ島の警察は厳しいぜ。飲酒運転は一発で豚箱入りだ。」
と言う。でもその後、
「冗談冗談。」
と言った。そもそも、殆どの人間が、ヘルメットなしにオートバイに乗っている土地なのだから。
「いいもん。僕はドイツの運転免許と、英国の運転免許を持ってる。どっちか取り上げられて、まだ大丈夫だもん。」
僕が言う。これも冗談。
カーリンが指輪を見せる。目の前の海のような青い色の石の入った金の指輪だ。オパールかと思ったが、ムラノ島で作られたヴェネチア・グラスだという。
「この指輪には長い話があるのよ。」
とカーリンは話し出した。
彼女がトーマスと結婚して初めてサントリーニ島に来たとき、フィラにある宝石店でその指輪を見つけた。カーリンはその指輪に何となく運命的な出会いを感じ、欲しくてたまらなかったが、余りにも高価だったので、そのときは諦めて、買わないで家路に就いた。それから一年間、彼女はずっとその指輪のことを考えていた。一年後、またサントリーニ島を訪れたとき、彼女はまずその宝石店へ行った。そして、その指輪が売れずにまだその店にあるのを発見したという。
イアの街で、夕日の沈むのを待つ人たち。