良い景色と良い音楽

 

ワインの木(ワインの藪)は地面に這うように生えている。風を避けるためとのこと。

 

その日は夕方にもう一度外出することになっていた。一度アパートに戻り、夕方に備えて少し休憩をする。缶ビールを一杯飲んで、ベッドでウトウトする。開け放したベランダから、風で木が揺れる音が聞こえてくる。小さなハエの飛び回る音まで聞こえる。

三時過ぎに車でアパートを出て、島の最北端のイアに向かう。ここは「夕日のメッカ」とのこと。沈む夕日を見に、毎日何百人の人間が集まるという。島の、東側の海岸に沿って走る。ほとんど集落らしい集落はなく、海岸に沿って細い道が伸びている。丘の上には、ときどき青い屋根、白い壁の教会が現れる。

四十分ほどでイアの街に到着。日没は七時ごろ、まだまだ時間がある。イアの街は、崖の上にあるが、僕たちはまず車で崖の下の、アモウディの港へ行ってみることにした。港の直前で車を停める。港の岸壁には魚料理店が並んでいる。したがって、港を横切って反対側に行くには、

「ごめんやっしゃ。」

という感じで、料理を食べている人たちのテーブルの間を通っていかねばならない。皆の食べている料理を横目で観察しながら通り過ぎる。美味しそう。

港から離れ、しばらく崖の下の道を歩くと小さな湾に出た。向こう岸に、高さ三十メートルくらいの岩が聳えていて、何人かの人たちが、その湾で泳いでいる。水はあくまで透明で、数メートル下の海底が良く見える。水の色は青と緑の中間、翡翠色である。水着を持ってこなかったが、人も少ないので、下着で泳ごうかなと妻は言っている。

隣で日光浴をしているカップルがいた。アイポッドにスピーカーをつなげて、音楽を聴いている。

「いつも、音楽を持ち歩いているんですか。」

とドイツ語で話しかけてみる。彼らの会話から彼らがドイツ人であることは分かっていた。

そうだと言う。男性の方が、良い曲があるよと、ギリシアの女性歌手、ハリス・アレクシオウの歌う曲を選んでかけてくれた。確かに、なかなか良い曲。マインツから来たというそのカップルは、その歌手がフランクフルトに来たとき、コンサートを聴きにいったとのこと。

「二千人の聴衆はギリシア人ばっかりで、ドイツ人は僕たちふたりだったよ。」

と彼は言った。彼は自分でもアマチュアバンドを作っているほどの音楽好きで、いろいろと音楽の話をする。彼らはサントリーニ島に来るのは七回目だと言った。

マユミはその日、数日前フィラで買った、古代ギリシア風、白い木綿のドレスを着ていた。奥さんはマユミの服を見て、

「あれ、素敵ね。どこで売っているのかしら。」

という話をしていたところだという。僕らは彼女に、どこで買ったかを説明する。

 

アモウディ湾に立つ白いドレスのマユミ。

 

<次へ> <戻る>