観光案内犬
この後、マユミは爺さんにブチュッとキスをされた。
新婚さんと一緒に写真を撮らせてもらっているとき、
「あなたがたもハネムーンなの。」
と聞かれた。そんなアホな。若く見られるのは嬉しいが、こちらは銀婚式なんですけど。
また少し下ると、ロバをつないだ横で、典型的ギリシアの爺さんが、土地のワインを売っていた。ビンにつめただけで、コルクが無造作に半分くらいつっこまれていて、ラベルも何も貼っていない。赤、白、ロゼの三種類がある。一本四ユーロ、まあまあ安いのでロゼ一本買う。マユミと爺さんを一緒に記念撮影。その後、マユミは爺さんはブチュッとキスをされている。行こうとすると、爺さんがちょっと待てと言う。爺さんは赤いバラの花をマユミに渡した。
サントリーニ産のワインは有名である。島には十数軒のワイン工場がある。風が強い島なので、ワインの木は他の土地のように木で組んだ棚にまとわりついているのではなく、地面に這うように植わっている。ブドウの収穫は八月から九月にかけてのとのこと、僕たち島を訪れた頃には、既にブドウの実は木に付いていなかった。甘くて「シェリー酒」のような味がすると書いてあったが、飲んでみるとあっさりして飲みやすい。薬臭さや渋みが全くないのが良い。
ピルゴスから、次にメサ・ゴニアという村に向かう。この村は一九五六年の大噴火による地震で、島中が壊滅状態になった際、復興をあきらめ、そのまま放置された村だという。つまり、五十数年前の村の廃墟がそのまま残っているらしい。この村を見つけるのは少し難しかった、砕石場や、リゾートのカラミ・ビーチに迷い込みながら、ようやく村を発見。村はずれに車を停めて、村の中に分け入る。村の入り口から、一匹の犬が僕たちに付いてきた。メス犬だが彼女は付かず離れずという感じで、まるで観光ガイドのように、いつも僕たちの周りにいる。
斜面に張り付くように建つ、端から端まで三百メートルくらいの村は、完全な廃墟かと思ったが、ボチボチ人が住み始めており、数件の家には窓ガラスが入り、カーテンがかかっていた。それ以外の家は、五十年前に地震で破壊されたままである。朽ちたテーブルや椅子が残っている家もある。
コーヒーの紙コップが落ちていたので、
「なるほど、これが五十年前の紙コップか。」
と僕が言う。
「また〜。」
と妻。例の案内犬はまだ僕たちに付き添っていた。
帰りにワイン工場のひとつに立ち寄る。崖の上に立っている工場からはカルデラが一望にできる。工場の経営しているレストランからの眺めは最高。帰る前に一度このレストランで食事をすることに決める。
廃墟の観光案内犬。