魚は新しいか
借りたシトロエン。自動車会社の宣伝ポスターになりそうな構図。
今日ロンドンへ発つというアーロンとアニー、赤ん坊のエイドリアンと別れて、アパートに帰る。昨夜作った味噌汁に、冷や飯をぶち込み、卵をからめておじやにして食べる。こんなものでも、エーゲ海の風に吹かれながら、ベランダで食べると、なかなか美味い。朝食の後は、世界各国の友人たちに絵葉書を書く。
その日は午前中に、一昨日頼んでおいたレンタカーが届くはずであった。十時過ぎに下のプールサイドへ行く。そこで、レンタカー会社「AVIS」のマークの入った赤いポロシャツを着た、プロレスラーのような兄ちゃんに出会った。銀色のシトロエンを受け取る。
車の傷をチェックしているとき、右のフェンダーの塗料が少し剥げているので、
「これ、チェックリストに書いておかなくていいの。」
と聞くと、プロレスラー兄ちゃんは、
「そんなん、傷のうちに入らん。」
と言った。ギリシアではレンタカー会社は大らかなのである。
「最後の日、キーは車の床のシートの下に置いておいてね。鍵はかけなくてもいいから。」
彼はそう言って帰って行った。
車も手に入ったことだし、「練習」も兼ねて、一番近くのエンボリオの街までドライブ。この街の名前を聞いたとき、「エンブリオ(胎児)」に似ているので変な名前だと驚いたが、おかげで忘れなくて済む。「レプのアンディの知り合いのレストランの従業員」の話によると、この町のセントラルスクエアに毎朝魚屋が出るという。そこで、刺身にできそうな魚を見つけようというのが、マユミと僕の魂胆である。
行ってみると、軽トラックの後ろに魚を積んだおばさんがいた。小さな鯛、オコゼ風、アンコウ風の魚がある。どれも一見して新しそうである。
「新しいのかしら。」
そうマユミがそう言って覗き込む。オコゼが一匹口をパクパクさせた。
「まだ生きている。」
つまり、この魚は今朝捕れたものなのである。その中で、黒い少し鯛に似た魚を買うことにした。さばくのには大きいほうが良いので、大きいのをくれと言うと、何故かおばさんは小さいのにしろと主張して譲らず、五ユーロで二十センチほどの魚を三匹購入。
アパートに帰ってさばこうとするが、小さくてヌルヌルしていて、扱いにくい。幸い包丁はよく研いで切れるのを持参したものの、まな板もない。悪戦苦闘して、三匹の鱗を落とし、三枚におろした。身は、晩御飯の刺身用に取っておき、頭と骨はスープ用に別に取っておく。
その後、車で島の南西の端にある灯台のある岬に向かう。
僕:「クレタ島でも沢山『岬』を見たよね。それの歌があるの知っている?」
妻:「知らないわ。(またクダラナイことを考えている、この人。)」
僕:「あなたがいつか話してクレタ〜、岬を僕は訪ねてきた〜」
島の南西の端、ケープ・アクロトリの灯台。