夕日の名所

 

夕日を浴びながら、一日のお仕事を終えたロバが坂道を登ってくる。

 

このフィラの街から見る沈む夕日が美しく、名物になっているという。ここを訪れたことのある息子のガールフレンド、ミランダも、一番印象に残っているのは夕日であると言っていた。

時計を見ると午後五時過ぎ。太陽はまだ結構高いところで、昼間の輝きを保っている。日没までは二時間近くある。妻と僕は、海の見えるカフェの最前列の席に陣取り、クレタ島でお馴染みになった「ミュトスビール」を飲み始めた。次回サントリーニ島に来るときは、ぜひ、サントリービールの缶を持ってきて、わざとらしく「サントリーニでサントリーを飲んでいる」わざとらしいシチュエーションを作って、それで記念写真を撮りたいものである。同時に、スケッチ帳を開いて、目の前に広がる景色のスケッチを始める。

波止場と街の急坂を結ぶのはケーブルカーの他に、徒歩、ロバがある。しばらくすると、その日の「お勤め」を終えたロバが下から次々上がってくる。一番先頭のロバには人間がまたがり、その後ろに二十匹ほどのロバがつながれている。

「ロバの寿命ってどれくらいかしら。」

とマユミが突然聞いてきた。

「結構、お婆さんもいたみたいだけど。」

僕がそう言うと、

「分かった、老婆のロバって言いたいんでしょ。」

うーん。どうしてこんな難解な「掛詞(かけことば)」がすぐに分かってしまったの。

太陽が沈む少し前にカフェを出る。支払いを済ませ、ギリシア語で、

「エフカリストー。」(ありがとう)

と言って店を出ると、

「バラカロー」(どういたしまして)

と返ってくる。どうも「馬鹿野郎」と言われているような気がしてならない。

太陽は七時少し前に沈んだ。残念ながら、水平線にではなく、その手前の島に隠れた。太陽はともかく、真っ白い街が夕日に照らされてオレンジ色に輝くことを期待していたのであるが、それほどでもなかった。ともかく、今日は日の出と日の入りの両方を見たのである。なかなか「因果の良い」一日であった。

帰りのバスが八時なので、それまで街の中を歩く。マユミは、白いコットンの服専門店で、ちょっと古代ギリシア風のワンピースを買っている。白い街には白いドレスがよく似合う。海を見下ろすと、一隻だけ残った一番大きな客船に明かりがつく。またフィラの町全体も黒い崖の上に浮かび上がり、なかなか良い雰囲気である。

八時のバスに乗ったとき、僕は何故かとても疲れていた。おそらく朝が早かったし、珍しく沢山歩いたし。ミュトスビールも結局三杯飲んだし。九時前にアパートにたどり着き、インスタントラーメンを食った後、ぼくはまたパタンと眠ってしまった。

 

日の出と日の入りを両方見た日、人生で最初かも知れない。

 

<次へ> <戻る>