ゾルバのステップ

 

「イレーネの店」でイレーネと。

 

「イレーネの店」で妻は貝のトマトソース煮、僕は現地で獲れた名前も知らない魚の唐揚を注文する。出てきた唐揚げはイワシより大きく、アジより小さい魚。イワナやヤマメに顔が似ている。カリカリと揚がっていて、頭から尻尾まで食える。しかし何と言っても頭が一番美味であった。ワインもよく分からないので、店の「お勧め」を一本頼んだ。サントリーニ産のロゼ。「クセ」がなく、実にあっさりしていて、食事によく合った。

 隣の席の中年のカップルにイレーネがドイツ語で話しかけている。その夫婦に、

「ドイツ人ですか。」

とドイツ語で話しかけると、ベルリンから来たとのこと。男性がキャノンの高級カメラを持っているので、それを褒めると、彼は今日行った岬の写真を何枚か見せてくれた。そこが彼らの「お勧め」の場所であるらしい。

「あとどれくらいこちらに?」

と聞くと、明日ドイツへ帰ると彼らは言った。

ドイツ人の中年カップルが勘定を済ませ店の外に出るとき、イレーネがギリシアのダンスを覚えたかと彼らに聞いている。ドイツ人のカップルは、肩を組み、少しステップを踏んだ。イレーネが、

「拍手、拍手!」

と他の客に叫ぶ。僕たちはパチパチと拍手をした。

「その男ゾルバ」のラストシーンを思い出す。ギリシア人ゾルバと英国人が同じように肩を組んで踊っていた。アンソニー・クインが演ずる映画の中のゾルバは、実にタフな男である。修道院の敷地にある木を伐採して、それで儲けようと企む。その論理は、「木は修道院のもの、修道院は神のもの、神は皆のもの。つまり木はオレのもの」、見事な三段論法。彼はその木を運ぶシステムの構築に失敗し、その企てが挫折に終わっても彼は平然としている。そんな彼と英国人の雇い主の青年が、最後にこのステップを踏むのである。

 勘定を頼むと、小さなグラスに入った緑色の液体がサービスに出てきた。クレタ島では食後酒の「ラキ」出てくるシチュエーション。緑色の液体を飲んでみると、歯磨き粉を水に溶かして飲んでいるような味がした。店を出るとき、

「明日は『ギリシア音楽の夕べ』をやるから、また来てね。」

とイレーネは言った。

 「イレーネの店」には結構客が入っていた。外に出て、他の店を覗いてみると、ガラガラなのだ。彼女の店は、決して安くはない。彼女の「キャラクター」で客を集めているらしかった。とにかく、サントリーニ島第一日の「ハイライト」は彼女、イレーネお姉さんであった。

 アパートに戻るとまだ九時過ぎ。英国ではまだ七時過ぎである。しかし、今朝は早かったし、腹も膨れてアルコールも入っていたので、妻とふたりベッドに倒れこんで、そのまま眠ってしまった。

 

「その男ゾルバ」のラストシーン。

 

<次へ> <戻る>