「蒼ざめた天使」
作者:Anders Roslund & Börge Hellström
(アンデシュ・ルースルンド、ベリエ・ヘルストレム、スウェーデン)
原題:Box 21 「コインロッカー二十一番」
ドイツ語題:blasse engel 「蒼ざめた天使」
2004年
<はじめに>
ストーリーの展開もキビキビしていて良い。良く考えてある。しかし・・・ハッピーエンドは望んでいないが、もう少し「将来に希望の持てる」ような結末にしてほしかった。
<ストーリー>
リトアニア。十歳の少女、リディア・グラヤウスカイテの家に警官隊が押し入る。彼らは父親を連れ去る。リトアニア独立の闘士であったリディアの父親は、武器の密売の罪で二十一年の刑を受け服役。リディアは母と一緒に時々刑務所の父を訪れる。その後父は結核に罹り獄死する。
スウェーデン、ストックホルム。二十一歳になったリディア・グラウスカイテはアパートの一部屋でドレスを着、化粧をして男を待つ。男が現れ彼女を犯す。男が去った後、別の男が現れまた同じことを。彼女は売春婦として、毎日十人以上の男たちを相手にしていた。彼女は、リトアニアから連れてこられた同じ境遇のアレナと、厳重な鍵の掛かったアパートに閉じ込められていた。ある日、アレナの客が置いていった新聞に載っている、スウェーデンの警察官の写真を見て、リディアは激しく動揺し、泣き出す。
スウェーデン、ストックホルム警察のエヴェルト・グレン。二十五年前の事故で、身体の自由と理性を失ったアニを彼女の病院に訪れる。その年、六月というのに夏らしい日はなく、毎日雨が降り続いている。
二十五年前、グレンは同僚のベングト・ノルドヴァル、アニとヨッフム・ラングという被疑者を護送中であった。ラングはアニを護送車から突き落とし逃亡を図る。その事故が元で、アニは植物人間となってしまった。そのラングが今日、刑務所から釈放される。恋人を傷つけた犯人が自由の身になることが、グレンには何にも増して許し難かった。五十を過ぎるまで独身を通し、殆ど友人のないグレンであったが、ベングト・ノルドヴァルと彼の妻のレナは唯一心を許せる相手であった。
拘置所から出た麻薬中毒患者、ヒルディング・オルデウスはストックホルムの街をさまよっていた。彼は福祉事務所で生活保護を申請するが、断られ、病院に勤める姉に金の無心をするがやはり断られる。金に困ったオルデウスは、洗剤の粉を麻薬と偽って、他の中毒患者の女性に売りつける。
刑務所から出たヨッフム・ラングは、昔の仲間の運転する車にピックアップされる。車を運転する男はスロボダンと言い、ミオという名のボスから派遣されていた。スロボダンはラングに、出所後の初仕事として、ボスのミオの妹に、麻薬と偽って洗剤を売りつけたヒルディング・オルデウスに制裁を加えるため、彼の指と足をへし折るように依頼する。
オルデウスは、麻薬売買の罪で再び警察に逮捕される。何とかラングを刑務所に戻したいグレンは、刑務所でラングの親交のあったオルデウスからラングを起訴するネタを見つけようと、オルデウスに取引を持ちかけるが、凶暴なラングの仕返しを恐れたオルデウスはそれに応じない。オルデウスは保釈されるが、ストックホルム中央駅で、質の悪い麻薬を打ち失神、ストックホルム南病院へ運ばれる。そこは彼の姉が医師として働いている病院でもあった。
グレンと彼の同僚、スヴェン・スンドクヴィストは、ストックホルムの住宅街にあるアパートに呼ばれる。女性が虐待されている通報が、隣人からあったからだ。ふたりがそのアパートに急行すると、アパートの一室の前に、ベングト・ノルドヴァルが立っていた。ノルドヴァルは、アパートの中にいるのがリトアニアの外交官旅券を持った男であるという理由で、中に立ち入ることをためらっていた。グレンは関係なくアパートの中に入り、中でひとりの身なりの良い男と、ふたりの若い女性を発見する。若い女性のひとりは、鞭で打たれるなど虐待を受け、失神していた。グレーンスは怪我をした女性のために救急車を呼ぶ。彼女、リディア・グラヤウスカイテはストックホルム南病院へ運ばれる。しかし、加害者のディミトリと呼ばれる男は、その外交官特権のため、警察は手出しができない。ディミトリは翌日、空港からリトアニアに向けて立ち去る。スヴェンとグレーンスは空港でリトアニア行きの飛行機に乗るディミトリを、指をくわえて見ていることしかできなかった。
ラングはオルデウスが病院に運ばれたことを知り、スロボダンの運転で、ストックホルム南病院に向かう。ラングは、オルデウスの病室に侵入、彼を車椅子に乗せて連れ出すことに成功する。非常階段でオルデウスの指と足をへし折り、車椅子を階段から突き落とす。しかし、彼はオルデウスを連れ出すところを病院のスタッフに目撃されてしまう。彼を見たのは、女医リサ・ウルストレーム、オルデウスの姉であった。
病院で意識を取り戻したリディアは、携帯でアレナに電話をかける。そして、自分たちが閉じ込められていたアパートの地下室にある、拳銃と爆薬を病院に持ってきてくれるように頼む。彼女はディミトリから折檻を受けて地下室に閉じ込められたとき、拳銃と爆薬の存在を知るに至った。アレナは拳銃と爆薬を探し出し、それを持って病院に向かう。見舞い客を装ってリディアの病棟に入り、リディアから指示に従い、それらをトイレのゴミ箱の中に隠す。
トイレに入ったリディアは、ゴミ箱の中の拳銃と爆薬をガウンの下に隠し、病室に戻る。彼女は見張りの警察官を拳銃で殴り気を失わせ、その隙に部屋を出る。彼女はエレベーターで地下に折、そこの遺体安置室に入る。そこで解剖の授業をしていた教授と学生たちを人質にして立て篭もる。
警察はまず、オルデウスが殺されたという知らせを受ける。グレーンスとスヴェンは病院に急行する。スヴェン・スンドクヴィストは女医リサ・ウルストレームから事情を聴取する。スヴェンはリサに何枚かの写真を示し、リサはオルデウスを連れ出すラングを見たことを告げる。そこへ、何者かが人質を連れて遺体安置室に立て篭もっているというニュースが入る。
警察は大量の警察官を動員して、ストックホルム南病院を封鎖する。グレーンスは集まった警察隊を率いることになる。リディアは電話でベングト・ノルドヴァルをよこせば、他の人質を解放すると警察に告げる。彼女は自分の要求を通すために、少量の爆薬を爆発させ、人質と思われる遺体を安置室の外へ押し出す。グレーンスは悩んだ末に、ノルドヴァルに電話をし、病院に来るように要請する。病院に着いたノルドヴァルは、人質の代わりになることを承知し、リディアの要求どおり、裸になり遺体安置室に入っていく。リディアは他の人質を解放した後、ノルドヴァルを射殺、その後拳銃を自分に向け自殺する。
グレーンスは、自分がノルドヴァルを人質交換に送ったため、親友の命が失われたと考え、自責の念に駆られる。その自責の念は、夫の死を伝えるためにレナを訪れたとき、益々強まり、彼を苦しめる。リディアは現場に一本のヴィデオテープを残していた。グレーンスはそのテープを見る。そのテープの中で、リディアは、友人のアレナに通訳させながら、ノルドヴァルが自分に対して行った「ひどい仕打ち」について訴えていた。
グレーンスはアレナを尋問する。アレナは、自分が拳銃と爆薬を病院に運んだことを認め、リディアがノルドヴァルに対して強い嫌悪感を抱いていたことをグレーンスに告げる。しかし、グレーンスは自分の親友の名誉と、残された家族の名誉を守るため、テープをすり替え、アレナをリトアニアに帰国させるために、リトアニア行きのフェリー乗り場に送る。アレナを送った後、グレーンスは、ディミトリが二人の少女と一緒にフェリーから降りて来るのが見える。彼らをひとりの若い女性が出迎えている。彼女の顔はフードに覆われて見えない。ディミトリは懲りずに、次の少女たちを調達しているのである。
スヴェンと、担当検察官のラルス・オゲンタムは、グレーンスの捜査に不自然さを感じ始める。スヴェンはリサが現場に残したヴィデオテープがすりかえられていることを発見する。重要参考人のアレナを勝手に帰国させたグレーンスに、怒りと疑惑を覚えたオゲンタムは、スヴェンに対してリトアニアを訪れ、アレナに対して事情聴取をすることを命じる。スヴェンは独りで空路リトアニアへ向かう。
<感想など>
なかなかハラハラする、面白い展開であった。しかし、何とも、割り切れないものの残る結末であった。
前半の興味は、病院に立て篭もるリディアの行動である。まず、リディア、オルデウス、グレーンス、ラングの行動が別々に語られ、それらの登場人物が、全て「ストックホルム南病院」に集結する。ラングはオルデウスを殺害、リディアは病院の地下にある遺体安置室に立て篭もる。何故、遺体安置室なのか、これはリディアの恐ろしく綿密で周到な計画によるものである。ともかく物語は、病院で前半のクライマックスを向かえ、ひとつの帰結を見る。
若い女性のリディアが、拳銃と爆薬の扱いに妙に慣れていて、一見不自然なのであるのが、これは独立の闘士であった彼の父親が、武器を扱っていたということで説明がなされている。
後半の興味は、グレーンスの嘘と、それを追う同僚たちだ。これはもう別の話にしてしまっても良いくらい。グレーンスは友人の警官を守るために、証拠隠滅を図り、重要参考人を国外に逃がしてしまう。いかに殺されたのが友人であり、その友人に死に追いやったのは自分であるという自責の念に駆られているとは言え、警察官としては許されない行為であると個人的には思う。このグレーンスの考え方には、なかなか感情移入できない。ともかく、同僚のスヴェンと、検察官のオゲンタムは、グレーンスの言動の不自然さにかなり早い段階で気づく。そして、彼らがグレーンスの嘘を見破ることができるかということが、先にも述べたが、後半の焦点となる。
グレーンスは自分の愛人が植物人間になる原因となった男、ヨッフム・ラングの再逮捕に異常な執念を傾ける。ラングを目撃した女医リサは、ラングの仲間からの脅迫に屈して、面通しの際、ラングは自分の目撃した男ではないと証言する。その証言を、再び覆させるために、グレーンスはラングの被害者の悲惨な写真を、ファックスでリサに送り続ける。その執念と、ノルドヴァルへの捜査を見るにつけ、この人物は捜査に私情を持ち込み過ぎるのではと思ってしまう。
また、グレーンスは、スコーネ地方から、病気の警官の臨時補充として来た、若い女性警察官、ヘルマンソンに、アニの面影を見つけ、すっかり気に入ってしまって、彼女を自分の部下にしようと画策する。この点は、気持ちは分かるが、更に公私混同ではと思ってしまう。ともかく、グレーンスは、「仕事に私情を持ち込んでしまう男」として描かれている。
何故、リディアはノルドヴァルを人質交換の際に指名したのか。何故、リディアは激しい憎悪を彼に対して持っているのか。ノルドヴァルは過去にリディアに対して何をしたのか。それは職務の遂行の際なのか、個人的な問題なのか。ノルドヴァルはグレーンスの目から見ると穏やかな人物である。また、彼はバルト三国で働いていたことがあり、ロシア語が堪能であることが語られる。この「何故」、最後の数ページで語られるが、この「何故」が意表を突くものであることは言うまでもない。
スウェーデン語のタイトル、「コインロッカー二十一番」は、リディアとアレナが私物を隠し持っていた、ストックホルム中央駅のコインロッカーの番号である。小さな空間であるが、アパートに閉じ込められ、監視下に置かれているふたりにとって、この自由に使える空間は、極めて大切なものであった。もちろん、ストーリーの展開の上でも、この小さな空間が、大きな役割を果たす。
(2009年1月)