ポヨ子さんの手記、ソロモン到着

 

村はクローバーの絨毯で覆われていた。

 

 飛行機が着陸するときのドスンという音で目が覚めた。ガダルカナル島に着いたのだ。その日はひどい時差ボケで、夜中の二時に目が覚め、それから眠れなかった。飛行機の外に出ると、お風呂場に足を踏み入れたときのような熱気に包まれた。周囲は木に覆われたなだらかな丘だった。

 飛行機を降りて歩いていくと、向こうに日本人の男の人が見えた。父の高校の同級生で、今回わたしのために、ホストファミリーの世話から、ボランティアのアレンジ、マラリア予防薬や蚊帳の準備まで、何から何までお願いしたGさんだった。Gさんに挨拶をしてから、Gさんの家族に会った。奥さんのフミエさん、それに十四歳の娘さん、十二歳の息子さんだ。日本から来たGさんの家族とは、ブリスベーンから偶然一緒のフライトだった。(気がつかなかったけど。)

 空港からの道沿い、車の中から、ココナッツを売る木で出来た小屋と、黒い顔をしたソロモンの人たちばかりが目についた。わたしは目に映る全ての物を観察し、自分の中に取り入れようとした。しかし、わたしはそれをするには疲れ過ぎていた。しかし、わたしがボンヤリ見た物だけでも、わたしの中にある種のショックを呼び起こすのに十分だった。

 最初の夜はGさんの家に泊まる。ソロモンでの最初の二十四時間は、「シュール」「超現実的」な体験の連続だった。ニワトリの鳴き声で目が覚め、寝室から外を見るとココナッツの木が見えた。昨夜は、数時間に渡って停電していたことを思い出した。

Gさんの家族と一緒にホニアラの街に出た。ソロモンは文明と未開発の両極端が同時に存在する場所だと思った。一応、「スーパーマーケット」っぽいものはあり、そこでは冷蔵庫があり、冷たいものが売られている。しかし、新鮮な野菜はどこを探してもない。この島では採れないので輸入されたジャガイモとタマネギの箱が積んであるだけ。銀行の前を通る。一応近代的なATMがある。しかし、その機械を使っているひとは皆裸足なのだ。

中央市場へ行く。波止場の近くの、大きな屋根で覆われた場所だ。そこではキャベツが地面に積み上げられ、ナスが台の上に並べられて売られている。包装というものが一切ない。可笑しいのは台の上に小さなピラミッドのように積み上げられたピーナツの塊だ。

魚もある。クーラーボックスの中に入っているのもあるが、大抵は氷もなくそのまま並べられている。わたしはその魚の臭いと、人々の汗の臭いで、気分が悪くなってきた。

わたしは、ここで楽しいと感じなければいけないと常に自分に言い聞かせていた。そして、自分が楽しいと感じないことに罪の意識を持っていた。ここは地球の反対側の南太平洋のど真ん中なのだ。わたしは膨大なお金と時間を使った上でここにいるのだ。だからここでの体験を有意義なものにしなければいけないのだ。そう思いつつも、わたしはホームシックにかかっていた。そして、それを話す相手がいないことが辛かった。ここでは皆がわたしのことを「大人」として扱う。それはときには有難いけど、これまで「子供」として常に大人が気遣ってくれることに慣れているわたしには、戸惑うことだった。

ベランダから手を振る、ホストファミリー。

 

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