「タイムトラベラーの妻」

原題:The Time Traveler’s Wife

ドイツ語題:Die Frau des Zeitreisenden

 

オードリー・ニフェネガー

Audrey Niffenegger

 

原作の表紙。

 

<はじめに>

 

気が付くと、陽の当たるガラス張りの部屋にいた。目の前に女性が立っている。少し痩せ、老けてはいるが、娘のミドリのようだ。

「ミドリ、今何年?」

と僕が尋ねる。

「二〇三一年。」

とミドリは答える。元気そうだ。

「若いときは色々あったけど、元気に暮らしているんだね。」

そう言って僕はミドリを抱きしめた。気が付くと、自室の布団で眠っていた。僕が時間旅行をしたのか、単に夢を見たのかは、二〇三一年になってみないと分からない。

 

六歳のクレアは初めてヘンリーに出会う。映画より。

 

<ストーリー>

 

 一九九一年、シカゴ。ヘンリー・デタンブルはシカゴの図書館で働く二十八歳の青年である。彼はある日、図書館の中で、ひとりの若い女性に呼び止められる。彼はその女性が誰であるのか思い出せない。クレア・アプシャーと名乗るその女性は彼に対して、

「わたしは小さいときから、あなたを知っているの。」

と言う。

 ヘンリーは「タイムトラベラー、時間旅行者」であった。彼は、自分の意思に関係なく、突然「現在」から「過去」あるいは「未来」に移動してしまうという「病気」あった。数分、数時間、数日後にはまた「現在」に戻ってくるのであるが。「自分の意思に関係なく」時間を移動するという他に、彼の「時間移動」にはもうひとつやっかいな問題があった。それは身に着けているものは一緒に移動しないということ。つまり、彼は、突然裸で「過去」あるいは「未来」に現れるわけで、「到着」後、まず着る物を捜すことから始めなくてはならなかった。

 クレアとヘンリーはその夜、一緒に食事をする。

「きみが誰で何時出会ったかどうしても思い出せないんだ。申し訳ないが。」

とヘンリーは言う。

「謝ることなんてないのよ。当然なのだから。あなたにとってはまだ起こっていない事なの。でも、わたしはあなたをもう何年間も知っているのよ。」

クレアはその時、子供用の日記帳を彼に見せる。そこには過去の日付がぎっしりと書いてあった。クレアは過去にヘンリーに出会った日時を克明にその帳面に記録していた。それは一九七七年クレアが六歳のときから始まっていた。

 ふたりは改めて、お互いについて話す。ヘンリーは自分が今二十八歳で、四歳のときオペラ歌手であった母を亡くしたこと、父親がシカゴ交響楽団のバイオリン奏者であったことを語る。クレアは自分が今二十歳であること、弁護士事務所を経営する父の娘で、現在、絵の勉強をしていることなどを告げる。ふたりはその後付き合い始める。

 ヘンリーが初めて時間移動をしたのは四歳の誕生日であった。その日の昼間、博物館を訪れたヘンリーは、夜になっても興奮して眠れない。そして、気が付くと、博物館の中にいた。博物館の中で、彼はひとりの青年に出会う。彼は自分もヘンリーとであると自己紹介をし、幼いヘンリーに深夜の博物館の中を案内する。この青年は、「未来」から「時間移動」してきた自分であった。青年はその後も度々幼いヘンリーの前に現れ、鍵の開け方、財布の掏り方など、時間移動した際の「サバイバル技術」を教える。

 クレアはチェリスという友人と一緒にアパートを借りていた。ヘンリーはそこを訪れ、チェリスと、ボーイフレンドのゴメスと会う。ヘンリーは何となく敵意を持ったゴメスの視線を感じる。ゴメスは数日後ヘンリーと出会う。(ヘンリーはたまたま時間移動をしたその先の出来事であった。)ゴメスはヘンリーに、お前は何者だと問い詰める。ゴメスは、ヘンリーが過去に付き合っていたイングリッドという女性を捨てたこと、クレアが彼と出会う前からヘンリーの写真を持っていたこと、その他彼にまつわる不審な点を問いただす。ヘンリーは、自分が「タイムトラベラー」であることを告げる。ゴメスは最初その言葉を信じないが、ヘンリーが自分の目の前から消えるのを見て、納得する。ふたりはその後親友となる。

 クレアが最初にヘンリーと会ったのは、六歳のときであった。彼女が学校から帰り野原に出てみると、誰かが裸で藪の中にいる。彼女はその「不審人物」に靴を投げつける。ヘンリーは、自分が「タイムトラベラー」であることを告げる。ヘンリーはクレアに野原に敷いていたバスタオルを借りる。ふたりは会話を始め、クレアは彼がタイムトラベラーであることを信じる。その後、彼女が十八歳になるまで、ヘンリーは未来から、何度もクレアを訪れる。彼女は、ヘンリーの訪問を誰にも話さず、裸で現れるヘンリーのために、服と食事を用意して待っていた。そして、少女のクレアは次第にヘンリーに好意を持つようになる。 

クレアとヘンリーのふたりは結婚する。しかし、ヘンリーは「時間移動」の間、クレアの前から何度も姿を消した。クレアは不安な気持ちで、夫の帰りを待つ。そのとき、ヘンリーは、自分の妻の過去へと旅をしていたのであった。

ヘンリーは「ロト」(宝くじ)の当選番号を未来へ行って手に入れ、それと同じ券を買い、莫大な金を手に入れる。

「そんな詐欺みたいなこと。」

とクレアは最初言うが、結局ふたりはその金で、豪邸を購入。クレアはそこに自分のアトリエを作る。

 クレアは妊娠するが流産する。その原因が自分の病気あることを疑ったヘンリーは遺伝子学者のケンドリック博士を訪れる。最初ヘンリーが「タイムトラベラー」であることを一笑に付したケンドリックであるが、彼が実際「消えてなくなる」のを見てそれを信じる。

数年後、ケンドリックは、ヘンリーの遺伝子に異常を発見する。その間、クレアは妊娠と流産を繰り返す。ヘンリーはある意味では「ミュータント」であり、その異種を母体の免疫作用が排除しようとして流産をするのだとケンドリックは説明をする。ケンドリックはヘンリーの染色体をネズミに移植し、時間移動をする新種を作り出すのに成功する。ヘンリーは子供をあきらめ、断種手術を受ける。

 ある日、家に帰ったヘンリーを待っていたのは、クレアの再度の妊娠の知らせであった。過去のヘンリーがクレアを訪れ、「種付け」をしていたのである。免疫、拒絶反応を抑える治療でクレアの妊娠は順調に進み、彼女は女の子を出産する。ヘンリーは時間移動先で、小学生の女の子に会う。アルバと名乗るその子こそ、彼自身の子供であった。彼はアルバもまた時間移動をすることを知る。そして、自分自身が、アルバが四歳のときに死んだことも。ヘンリーは自分が数年後に死ぬことをクレアには告げないでおく。

 一方クレアにもヘンリーに言えないことがあった。彼女が十三歳のとき、父と兄が、家の敷地内で猟銃を携え、狩りをしていた。そこで、兄が動物と間違えて人間を撃ってしまう。クレアが駆けつけると、そこで血まみれになって倒れていたのは、ヘンリーであった・・・

 

英語版の映画のポスター。

 

<感想など>

 

 大昔、「タイムトンネル」という番組があったし、「バック・ツー・ザ・フューチャー」という映画もあった。その他、「時間旅行」をテーマにした映画、本は多い。

時間旅行は誰にとっても「叶わぬ夢」であろう。しかし、作者は、「タイムトラベラー」というのは、そんな甘いものではない、想像を絶する大変な目に遭うのだと、ヘンリー自身に語らせている。作者はヘンリーの時間移動にふたつの条件を加えることにより、更にそれを過酷なものにしている。ひとつは「服を着ては移動できない」、つまり、着いたときは素っ裸なのである。そして、「何時どこ行くか自分で選べない」、つまり自分の意思とは関係なく、その別の時間、別の空間に押しやられてしまうのである。

 「タイムとラベルのパラドックス」というのがある。過去に遡り、そこで自分を殺したらどうなるかという点である。その点、この本の中では、「事実は一通りしかない。自分が過去を訪れたことは、既に現在の自分の運命に織り込み済みなのだ」という設定になっている。ヘンリーは未来へ旅をし、そこで、自分が何時死ぬかを知ってしまった。しかし、それは既に運命に「織り込み済み」であり、本人はどうあがいても、その事実を変えることができないのである。

「ヘンリーがクレアを選んだのか」「クレアがヘンリーを選んだのか」という点。私は「クレアがヘンリーを選んだ」のであると思う。彼女が六歳のとき、野原で始めてヘンリーに遭ったとき、彼がタイムトラベラーであることを信じ、再度の出現のために、洋服を用意して待っている覚悟をしなければ、それきりになっていたような。しかし、ヘンリーがクレアを訪れたのは、自分の妻の過去を知りたいという興味からであり・・・こうなると、議論はやはり「メビウスの輪」状態になってしまう。  

 私はまず映画を見て、その後本を読んだ。厳密に言うと「オーディオブック」を購入し、車の中で朗読を聴いていた。原作と映画ではかなり話が違う。特に原作では、ヘンリーが何故「時間移動」ができるのかと言う点に関して、ケンドリック医師により、かなり克明な「科学的な」説明がなされている。ともかく、どちらも、それなりに泣かせる話であった。ラストシーンは大幅に違うのだが、映画を見ているときも、朗読を聴いているときも、最後では涙が止まらなかった。

 本では当然のことながら、映画よりも多くの人間が登場する。ヘンリーが「タイムトラベラー」であることが分かったときの、彼の同僚の反応は面白かった。また、ヘンリーがクレアを選ぶために捨てた女性、イングリッド・カーマイケルは映画には登場しない。彼女の死はいたましいし、その事実を変えることのできないヘンリーの無念さも心を打つ。

 クレアはヘンリーが「タイムとラベル」から帰ってきたとき、

「どこへ行ってきたの?」

と尋ねる。

「六歳のきみに会ってきて、靴をぶつけられたよ。」

「十八歳のきみに会ってきて、初めてセックスをしてきたよ。」

などというヘンリーの返事が面白い。

 ラブロマンスとSFが上手くミックスされ、なかなか楽しませる作品であった。

 

ドイツ語版の映画のポスター。

 

200911月)

 

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