第四の犠牲者

 

ドイツ語題:Das vierete Opfer 「第四の犠牲者」

原題:Borkmanns punkt 「ボルクマンの定理」

1993

 

<はじめに>

 

警視「ファン・フェーテレン」シリーズの初期の作品。休暇中の刑事が、いつの間にか事件に巻き込まれていくというパターン。これは結構良くあるパターンで、ヘニング・マンケルの「クルト・ヴァランダー」シリーズにも、シューヴァル・ヴァールーの「マルティン・ベック」シリーズにも登場、その他、枚挙に暇がない。ちょっと最後まで未解決のままで引っ張りすぎという印象。事件解決の「ヒント」かなと思わせるものを出しておき、それが結局関係なかったというパターンは相変わらず。

 

<ストーリー>

 

 不動産業を営むエルンスト・ジメルは八月三十一日の午後十一時、カールブリンゲンの街中にあるバーを出る。彼は港に沿って散歩をした後、家路につく。彼の後ろを陰のように追う人物がいる。ジメルが森の中にさしかかった時、彼は後ろから鋭い斧で首筋を切りつけられる。頭が胴体から殆ど離れてしまう状態で、ジメルは絶命する。

 カールブリンゲンから程近い海辺の町で、警視ファン・フェーテレンは休暇を過ごしていた。麻薬売買の罪で服役中であるが、仮出所していた息子が刑務所に戻った後、彼は一人で海岸を歩いて毎日を過ごしていた。九月一日、散歩から帰ったファン・フェーテレンは、上司であり警察署長であるヒラーからの電話を取る。ヒラーは、彼に昨夜起こった殺人事件を告げ、休暇を中断しカールブリンゲンに向かい、地元の警察に協力するよう依頼する。

 カールブリンゲンでの殺人事件の被害者は、シメルで二人目であった。六月には、ハインツ・エガースという若い男が同じように頚を斧で切りつけられ死んでいた。エガースは麻薬中毒者で犯罪歴があり、何年間も刑務所で過ごした過去のある男であった。ふたり目の犠牲者が出るに至り、犯人は町の住人や、ジャーナリズムから「首切り役人」と呼ばれ、恐れられるようになる。

 ファン・フェーテレンはカールブリンゲンで、当地の警察署長である、バウゼンに会い、彼のチームを紹介される。田舎の警察のことで、捜査員は数人しかいない。その中で、紅一点が、ベアテ・メルクである。独身で野心家の彼女は、聞き込み捜査の先頭に立っていた。六月の最初の殺人事件以来、地元警察は精力的に動き回り、色々な情報を集めてはいたが、それを関連付けることはできず、解決に向けての展開は全くなかった。

 ファン・フェーテレンは、港の見えるホテルに腰を落ち着け、捜査チームの一員として仕事を始める。彼は、チームのリーダーであり、警察署長である、バウゼンと親交を深める。バウゼンは定年間近で、郊外の藪に覆われた一軒家に住んでいた。ファン・フェーテレンはしばしば、バウゼンの家を訪れ、夜などワインを飲みながら、バウゼンとチェスに興じる。バウゼンは、数年前に妻を亡くしての独り暮らし、ワインの収集家で、地下室に膨大なワインのコレクションを持っていた。

 新聞では、精神異常者による犯行という見方が有力になる中、ファン・フェーテレンは、ふたつの犯行が極めて周到に計画されたものであり、動機と目的を持った人物による犯行であると推理する。そして、ジメルとエガースの接点を探ろうとする。しかし、ふたりの共通点は、しばらく他の場所に住んでいて、今年になってカールブリンゲンに住むようになったということくらい。それ以外のふたりの共通点、接点は浮かび上がって来ない。警察は市民に情報の提供を求める。それにより断片的な目撃者の情報は集まってくるが、どれも捜査の進展に決定的に役立つものではなかった。

 ファン・フェーテレンがカールブリンゲンに入った十日後の九月十日。第三の犠牲者がでる。医者のモーリス・リューメが自宅の玄関で、同じく斧で切り殺されているのを、同棲中の女性が発見した。知らせを受けたファン・フェーテレンとバウゼンは現場へ急行する。前の二人とほぼ同じ殺され方をしていたリューメであるが、今回は前の二件とは大きな違いがあった。犯人は、凶器の斧を現場に残していったのである。斧を残したことは、犯人からの何らかのメッセージなのであろうか。

 ファン・フェーテレンは、第三の犠牲者のリューメも、カールブリンゲン生まれであるものの、数年間にわたり学業のために町を離れ、最近町に戻ってきたことを知る。またリューメの父親より、大学時代、リューメがコカイン中毒に陥り、それを治療するために数年間学業を中断していたことを知る。

 ファン・フェーテレン、ベアテ・メルクを始め警察は、殺された三人の共通点、接点を見つけようと努力するが、それは容易に現れて来ない。手をこまねいているだけの警察に対して、市民の不信感が徐々に高まる。第四の犠牲者が出るのではないかと、市民は動揺し、疑心暗鬼に陥り始める。

ファン・フェーテレンの上司ヒラーは、応援のために、警部ミュンスターをカールブリンゲンに派遣する。妻と子供と別れて働き出したミュンスターは、ベアテ・メルクと次第に親しくなり、しばしば彼女のアパートを訪れるようになる。

 九月も下旬を迎えるが、捜査は一向に進展しない。警察署長、バウゼンの定年退職の日は九月の末日である。それがどんどん迫ってくる。ある日の夕方、ファン・フェーテレンはホテルから下の砂浜に降りて海を眺めていた。そのとき、赤いジョギングスーツを着て、砂浜を走る女性が目に入った。それはベアテ・メルケであった。ファン・フェーテレンに目撃されたのを最後に、ベアテ・メルケは行方不明となる。しかし、彼女は、ホテルのフロントにミュンスター宛の伝言を残していた。その伝言は、

「事件の解決の糸口をつかんだので、午後八時に自宅に来て欲しい」

と言うものであった。ベアテ・メルケはその日の午後、警察を出てから誰かに会いにでかけた。彼女はその時、犯人が誰であるかを知っていた。そして、発覚を恐れる犯人に連れ去られたのではないか、ベアテ・メルケが「第四の犠牲者」となったのではないかと、捜査チームは最悪の場合を覚悟する。

 ファン・フェーテレンは、うるさい上司ヒラーからの電話に対して、後一週間で片付けてみせると啖呵を切る。そのときは単にハッタリだったのであるが、その言葉が呼び水となったのであろうか。それをきっかけに、ファン・フェーテレンの頭脳の中に、問題解決のための一種の回路が出来始める。 

 

<感想など>

 

スウェーデン語のオリジナルタイトルは「ボルクマンの定理」という奇妙なものである。ボルクマンはファン・フェーテレンのかつての上司であり、彼が常に手本としている人物である。そのボルクマンの捜査における定理とは、

「どのような捜査においても、もうこれ以上の情報は必要としないという時点が来る。その時点では必要なものはそれ以上の情報ではなく、それを捜査の解決のために利用していく頭脳である。良い捜査チームは、その時点が何時であるかを知っている。」

と言うことである。ホテルの風呂に浸かりながら、ファン・フェーテレンはその時点が来たことを知る。その後、ファン・フェーテレンは独自の考えにより、チームと離れ、単独行動を取り、捜査を解決へと導いていく。

 しかし、問題を未解決のままちょっと引っ張りすぎ。二百五十ページに渡り延々と書き続け、最後に二十ページで「落ち」をつけられると、読んでいて「これまでの苦労は何だったのか」と思ってしまう。もう少し、段階を踏んでの解決を望みたいところである。

 司法の網から漏れた悪人たちに、個人が天に代わって復習するという、これもよくあるパターン。色々と不満も残るが、いつもながら丁寧な描写と、味のある登場人物がそれを救っている。

 

20093月)

 

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