偽りのスピードメーター
ジャンボ機と並ぶコンコルド。英国航空、BAのホームページより。
会社のマンチェスター支店へ出張することになった。同支店には数回出張していたが、これまでは全て飛行機。ロンドンからマンチェスターまでは、正味たったの二十五分の飛行。上がったらすぐに下りることになり、水平飛行している暇がない。しかし、空港までのアクセスや、チェックインの時間を加えると、結局はドア・ツー・ドアで三時間近くかかってしまう。車でも我が家から三時間で行けるはず。同じ時間なら経費節減に協力、今回は車で行くことにした。
上司のアンディの許可を取った際、彼は僕に会社の「プール・カー」(予備の社有車)を使うように言った。木曜日の朝、自宅から直接マンチェスターに向かえるように、水曜日の午後に車を受け取る。銀色のトヨタ。「皆の物は誰の物でもない」ってことか、誰も掃除しないので随分汚れている。家に戻った後、水拭きをして少しきれいにする。
木曜日の朝六時、北ロンドンの自宅を出発。朝起きると、娘のミドリからメールが入っていた。今日マンチェスターまで車で行くことを伝えてあったので、気をつけて行ってきてねとの内容。「エイヴィエーション・ヴュー・パーク(航空展望公園と訳す?)でコンコルドが見られるといいんだけど。」
と返事を打つ。支店の横のマンチェスター空港には、引退した超音速ジェット旅客機「コンコルド」が展示されているのだ。昔ヒースロー空港で、コンコルドをバックにミドリの写真を撮ったことを思い出す。
家の近くのインターチェンジからM一(高速一号線)に乗る。コヴェントリーでM六(同六号線)に乗り換え北北西へ向かう。マンチェスターの直前でM五十六に乗って、空港のすぐ横にあるマンチェスター支店へ。(うちの会社は航空貨物を扱っているので、殆どの支店は空港の中か傍にある。)およそ三百キロの行程、予定時間三時間。
僕はかつてアルファベット三文字のファスナー会社に勤めていた。その英国工場がマンチェスターのすぐ横のランコーンという町にあった。当時何度もその工場へ出張したので、今運転しているコースは「通い慣れた道」とも言える。しかし、その会社を辞めてからもう十三年も経つ。また、途中コヴェントリーまでは、ウォーウィック大学に通う息子を送って行くのに何度も通った、文字通り「通いなれた道」である。
天気は良い。気温は十五度。涼しくて気持ちの良い朝。道も空いていて、順調な運転だ。高速道路の両側には、菜の花畑が、黄色い絨毯のように広がっている。
今日は「愛車」BMWではなく、会社の車、トヨタの何とか言う車。慣れない車、変な感じがする。車の速度計が時速二百五十キロまで切ってあるのに気付く。試しにアクセルを一杯に踏み込んでみる。しかし、百四十キロ以上出ない。最高時速百四十キロの車に、二百五十キロまでメーターなんて必要あるのと思ってしまう。これって何か詐欺みたい。僕の車も二百五十キロまで切ってある。これは正当だと思う。買って間もなく、空いた高速道路の直線でアクセルを一杯に踏んでみた。二百キロまで出た。追い風参考とか、下り坂だとか、エンジンの気分が良いとかで、もう少しは出るかもしれないもの。
午後九時過ぎ。ホテルにはまだ太陽が当たっている。