何故少女はファーストクラスにいたのか
私は末娘のスミレのことを「ポヨ子」と呼んでいる。彼女は、顔も身体も丸みがあってポヨポヨしていて、抱っこをすると縫いぐるみを抱いているよう。彼女は今GCSE(義務教育最後の試験)の真最中。宿題や復習を山ほど抱えていると、自分では言っている。
「秋休みにどこか行こうよ。」
と最初に言ったときに、彼女は、ちょっと困ったような表情をした。その間の宿題をどうしようかと言うことをまず考えたようだ。結局、彼女は休暇を承諾し、その代わり、マデイラへ行っても、午前中はホテルに居て、彼女の勉強の時間に充てることになった。
スミレが勉強をしている間、何をしていようかと思っていると、妻が、
「絵でも描いたら。」
と言う。良い考えである。最近まとまった時間がないので、私は好きな絵を描いていない。妻の言葉が良いヒントを与えてくれた。出発の前日、私はスケッチブック、デッサン用のペン、色鉛筆等をカバンに詰めた。スミレは大量の教科書、ノート、復習用の参考書をカバンに詰めている。自分のカバンに入り切らず、私のカバンにまで入れに来る。
また、娘がレポートを書けるようにと、少し重いがパソコンも持って行くことにした。パソコンがあると、私もエッセーなどが書けるので便利。天気が悪くて外へ出られない時など、文章を書いて過ごすのも悪くない。
十月二十一日土曜日の午後、私たちは車でヒースロー空港へ向かった。駐車場に車を置き、バスで第二ターミナルへ向かう。これから乗る飛行機はTAPポルトガル航空。まずリスボンへ向かい、そこで乗り換え。正味五時間のフライトの後、マデイラに着くのは真夜中近くになる。
空港でチェックインを済ませる。午後五時。スミレはお腹が空いたと言う。私は、食料調達の為に、独りでルフトハンザのラウンジへと向かう。ポルトガル航空と、ルフトハンザは同じ「スターアライアンス」グループなので、私の「ルフトハンザ・ゴールドカード」を見せれば、エコノミーの切符でも、ファーストクラスか、ビジネスクラス客用のラウンジに入れるはず。そして、そこには飲み物と軽食が用意されているのである。それを持ち出して腹ペコ娘に分け与えようと言う魂胆。
私は無事ファーストクラスのラウンジに入ることが出来た。そこには二人の乗客がいた。ひとりは私と同じくらいの男性。格好からして、出張の帰りという感じである。もうひとりは、スミレと同じくらいの少女であった。ピンク色のダブッとしたセーターを着て、下は薄茶の乗馬ズボンみたいなピッタリしたジーンズ。茶色いブーツを履いている。ひとりである。原則として、ラウンジは、これからファーストクラスに乗る人のための部屋、私はそのティーンエージャーの少女がファーストクラスに乗ることが信じられなかった。取って来たサンドイッチを渡しながらスミレにその少女の話をする。スミレが言った。
「その子、秋休みでお家に帰るのよ。きっとお父さんが、すっごいお金持ちなのね。」