夕日ヶ浦の夕日
刺身船盛付き、豪華夕食。
若い仲居さんに部屋に案内される。窓から海が見える。部屋は六畳、トイレと洗面所は共用で離れた場所にある。典型的な「昔の旅館」のパターンだ。そして、昔の旅館独特の匂いがする。それが懐かしい。冬はカニの美味しいところらしく、帳場には「丹後ちりめん」の和服の女性のポスターと共に「カニ料理」のポスターが貼ってあった。
まだ夕食まで時間があるので、前の浜を三人で散歩する。きれいな砂浜で、ゴミも全然落ちてないし、旅館から歩いて一分だし、海水浴には最適の場所ではないかと思う。さすがにこの季節泳いでいる人はいない。裸足で歩くと、足の裏に食い込む砂の感触が心地よい。海水浴の季節にまた来たいと思う。この海岸一帯は「夕日ヶ浦」と呼ばれており、きれいな夕日の見える場所らしい。しかし、今日は曇っていて夕日の鑑賞は期待薄だ。
釣りをしている青年がいる。何か釣れたようだ。見せてもらうと、体長十五センチほどのヒラメだった。すごいですねと褒めると、彼は、
「まだまだ初心者で。」
と謙遜した。
旅館に戻り、浴衣に着替え、風呂に入る。温泉だが、風呂場はそれほど広くはない。身体を湯に浸すと、湯が身体に食いつくような気がし、一瞬顔をしかめる。後でもうひとりの男性が入って来たが、彼も同じように一瞬顔をしかめたのが面白い。風呂場の窓からは、海岸沿いの遊歩道を散歩する人々が見える。風呂から上がると、温泉の成分のせいか、顔や肌がスベスベになったように感じた。
部屋に戻ると、カサネがいた。母はまだ風呂らしい。カサネは、
「ポテトチップスを食べたくなったけん、コンビニを探しに行ったのに、どこにもないとよ。」
と文句を言っている。どう考えても、コンビニのあるような場所ではない。しかし、その事実が僕にとっては何だか嬉しかった。
夕食は別の部屋で食べることになっているらしい。同じ若い仲居さんにその部屋に案内される。お膳の上に乗っている料理の豪華さに、一瞬圧倒される。船盛の刺身、茶碗蒸し、焼き物、蛸、但馬牛のステーキ、茶蕎麦、釜飯。後で天ぷらが来る。刺身は、鯛、ヒラメ、ハマチ、サザエ、マグロ、甘エビ等。サザエはコリコリと歯ごたえがあり、タイの刺身も同じくコリコリ感が絶妙。このシチュエーションでマグロは不要ではないかと思うのだが。最初、全部食べ切れるか心配するが、三人とも二時間ほどかけて全部食べた。
食事の途中、それまで閉じてあった窓の障子を開ける。海の見える位置に座っていたカサネが
「夕日が見える。」
と言う。淡いブルーグレーの海に沈む夕日が美しい。給仕に来たお姉さんに夕日が見えますよと言うと、彼女は他の部屋の人客たちにも、順に触れ回っているようだった。
窓から見えた、夕日ヶ浦の夕日。