木津温泉へ
タンゴディスカバリー号に書かれたメッセージ。
五月三日、丹後の木津温泉へ行く日だ。十一時ごろに生母の家を出て、バスで京都駅へ向かう。大阪から来るカサネとは、十二時に中央改札口で待ち合わせていた。定刻に黒いショートパンツ姿のカサネが現れる。余談だが、彼女の名前は「かさねとは 八重なでしこの 名なるべし」(奥の細道、曽良)の句に由来している。ちなみに、スミレは「山路来て 何やらゆかし すみれ草」(野ざらし紀行、芭蕉)から。芭蕉シリーズ。
山陰線のホームへ向かう。ホームには「タンゴディスカバリー一号」、久美浜、東舞鶴行が停車していた。水色のなかなかモダンな車両、車体には大きく「天橋立を世界遺産に」と書いてある。背もたれの枕カバー(と言うのだろうか)は特産「丹後ちりめん」で出来ていた。なかなか芸が細かい。
十二時二十四分に発車した列車は、丹波山地を通り抜け、山陰線を走る。窓の外の新緑が美しい。連休中ということで、列車の席は全て埋まっている。カサネに発売と同時に指定席券を買ってもらっていてよかった。後ろの席では、西洋人の男性と日本人の女性のカップルがいちゃついている。彼らを見る二十ン歳独身のカサネの目が何となく鋭い。
列車は綾部で東舞鶴行の車両を切り離す。福知山からは進行方向が変り第三セクターの「北近畿タンゴ鉄道」に入る。列車の愛称は「タンゴディスカバリー」。「丹後」ではなく何故か「タンゴ」なのである。片仮名で書かれると、どうしてもアルゼンチンタンゴを想像してしまい、ピンと来ない。そんなことをカサネに説明すると、
「おじちゃんは本当に鉄道オタクなんだから。オタクは嫌われるとよ。」
と博多弁言われた。彼女は福岡育ちなのだ。
カサネの人生相談を引き受けるうちに、列車は宮津、天橋立と停車し、午後三時六分、木津温泉駅に到着。特急列車停車駅にしてはメチャ小さな駅。単線の線路の横にホームがあるだけ、引込み線すらない。しかしなかなか味わい深い「田舎の駅」だ。
前もって到着時間を知らせてあったので、旅館のマイクロバスが迎えに来てくれていた。三人でそれに乗り込み、五分ほどで旅館「はまづめ荘」に到着。そこは予想通りの、なかなか「ひなびた」旅館。玄関の「歓迎某様御一行」の札を見ると、その日は全部で七、八組の泊り客があるようだ。
ともかく、この場所は「ひなびた所に行きたい」という僕のイメージと願望にかなり近いものだった。カサネも彼女なりに、インターネットでこの旅館の調査をしていたようだ。「設備」のところにドライヤーが書いてなかったとかで、自分でドライヤーを持ってきている。彼女は、ドライヤーもない旅館なんてと、何となく不服そう。
「いくらなんでも、風呂場にドライヤーくらいあるもんやで。」
と言うと、
「わたしのは、イオン交換式のドライヤーやけん。」
とのこと。それどんなの?それって答えになってる?
列車内、枕カバーも丹後ちりめん。芸が細かい。