おまけの小旅行

 

 ミラノからの飛行機がヒースローに着いたのが、日曜日の午後十時。例の「虹彩登録」のおかげで、入国審査は数分で通過。迎えにきてくれた妻の運転で、十一時過ぎに家に着いた。荷物を片付けて、十二時には寝る。

 五時間ほど眠り、六時過ぎに家を出て、七時から仕事。幸い飛行機の中でぐっすりと七、八時間眠っていたので、頭は結構すっきりしている。とは言え、休暇明けの週はいつも大変。仕事や連絡事項が山ほど溜まっている。時差の関係で、夕方になると頭が朦朧としてくる。なかなか仕事が片付かない。休暇を取ったことを、少しだけであるが後悔する。

 何とか一週間のスケジュールをこなし、やっと週末。五月一日の月曜日がメーデーで休みなので、嬉しいことに三連休。私は、末娘のスミレを、長男のワタルの住むウォーイックに連れていく約束をしていた。私と妻は、何度か長男の住む大学の寮を訪れているが、スミレはまだ「お兄ちゃんのところ」に行ったことがなかったのである。

 日曜日の朝、ロンドンを発って、高速道路四十号線を北西に向かう。一時間半で、ウォーイックに到着。車を街中の立体駐車場に停めて外に出る。三連休の真ん中の日と言うのに、町の中は随分人気がない。マーケット広場のカフェでも、外に並べたテーブルに座っている人は誰もいない。肌寒い日であったが、それにしても、街中がガランとしている。ウォーイックは、古い城で有名な町である。その城の入り口に行ってみる。金網越しに、今は廃墟となった建物が見える。ハイデルベルクの小型版というところか。入り口では、中世風の格好をした数人が、客寄せに中世風の音楽を演奏していた。しかし、私たちは中へは入らなかった。入場料が一人十五ポンド(三千円)。いくらなんでも高すぎる。

 その後、私とスミレは町の中にそびえる、セント・メアリー教会の塔に登った。人がひとりやっと通れる螺旋階段を上っていく。途中で先を行くスミレが「ギャッ」と言った。明り取りの小さな窓に鳩がいたからだ。鳩は至近距離からのスミレの大声にも逃げなかった。よく見ると、鳩の下に、ピンポン玉より少し小さい卵が見えた。卵を温めていたのか。

 その日は、ケニルワースという町と言うか、村にホテルを取っていた。三時にそこへ行き、石造り、コテッジ風のホテルの部屋に入る。スミレがまた「ギャッ」と言った。骨董品っぽい家具の入った、古風な部屋を想像していたが、超モダン。部屋中が白と黒とで統一されていて、白いダブルベッドにはツキノワグマの皮のようなカバーが置かれ、壁には大画面、フラットテレビが掛かっていた。

 ホテルで少し休んだあと、夕方、ケニルワースの古城を訪れた。ウォーイック城と同じくらいの規模であるが、静かで、自然で、良い雰囲気。入場料も一人三ポンドと安い。スミレと私は満足した。

 午後五時、ふたりはウォーイック大学の寮に息子を訪ねた。食事に行く途中、ワタルは寮を出た後、今年九月から友達と住む家を案内してくれた。スミレがまた「ギャッ」と言った。その家は、余りにも荒れ果てた様子で、到底人の住む家に見えなかったからである。

 

<戻る> <次へ>