空が黄色く見えるのは何故
三十分ほど美術館を見学した後、ゲンシ君と私は疎水の辺に出た。桜の花は既に散ってしまっていると思っていたが、疎水にはどこから来るのか、まだ沢山の桜の花びらが流れていた。濃い緑色の水面に、花びらが様々な模様を織りなしていた。天気も良く、人出もなく、とことんのんびりとした、春の平日の午前中であった。
ゲンシ君と、岡崎動物園の前や、疎水のインクラインの跡などをぶらぶら歩いていると、彼の携帯にメッセージが入ってきた。ユカさんからであった。彼女は、職場に戻ったらしい。彼女に電話を入れる。
「まだすぐ近くにいるんやけど、今からでも会える?うん、そしたら、十分後にまた美術館へ行くし。」
彼女にそう伝え、リュックサックを背負ったふたりは、急いで再び美術館へと向かう。
先程もお話をした受付のお姉さんに取り次いでもらって、ユカさんが登場。短い髪に、明るい色のブレザー、首からゆったりと巻いた虹色のスカーフが良く似合っている。彼女に会うのは、高校卒業以来三十年ぶり。優しい声は、今も昔も全然変わらない。名刺を貰うと、「事務局長」とある。本当に「偉いさん」なのである。
それから、三人で、美術館の中にあるカフェテリア一時間ほど話をした。三人の近況を報告し合う。ユカさんは、今のところ独身で、猫と一緒に住んでいると言った。ゲンシ君が、最近白内障の手術をした話をした。
「手術は右左別々に、一週間ほどの間隔を空けてしたんやけど、その間、片方が手術する前の昔からの自前のレンズ、もう片方が手術後の人工のレンズ、そんな期間があってん。その時、手術してへん目で見た世界が、えらく黄色っぽく見えた。人間の目て、歳をとってくると、だんだん、モノが黄色っぽく見えるものらしいわ。」
ゲンシ君は言った。私とユカさんは、顔を見合わせた。実は、私も、最近どうも空が黄色っぽく見えると思っていたのである。
「最近、空が黄色いのん、あれ黄砂のせいやろ。」
私が言う。
「そう。あれは黄砂のせいよ。」
ユカさんも言った。ふたりとも、世の中が黄色く見えるのは歳のせいであることを、必死に否定しようとしていた。
正午にユカさんと別れて、ゲンシ君と私は、また鴨川に沿って歩き出した。お互いの家族のことなどについて、話をしながら。世間の人々が働いている時間帯、五十歳に手の届こうかという男がふたり、肩を並べて川沿いを散歩している図は、あまり絵にならない。
少し小腹が空いたので、御所に入り、砂利道を歩き、蛤御門の近くの休憩所に行く。ここのウドン、なかなかの味なのである。二人でウドンをすすった後、私はゲンシ君と別れ、烏丸今出川から、実家に向かって歩き出した。