路上F1ドライバー
カッサーラの階段状ピラミッド。気に入らなくてだんだん高くしたらしい。
午後九時四十五分に飛行機はカイロ空港に着陸。気温は十八度とのこと。タラップの上に立つと、膚に触れる空気が柔らかい。英国でヴィザを取ってきていたので、入国審査もあっさりと通過。荷物も預けていなかったので、十時過ぎには外に出た。空港の表示は、アラビア語と英語の両方だ。
ここからが、ちょっと緊張する場面。タクシーでギザという場所にあるホテルまで行かなくてはならないのだが、カイロのタクシーは旅行者には「ぼる」ので注意せよと、先着のマユミから連絡が入っていた。カイロのタクシーにはメーターがなく、料金は、運転手と客の「暗黙の了解」あるいは「ネゴシエーション」で決まるのだという。空港からギザまでの「相場」は五十から六十エジプトポンドとのことだ。(二〇〇九年二月現在で、一エジプトポンドは十七円)こんな場合、妻は我慢強く交渉するが、僕はそういうのは苦手。
最初の運転手に聞くと、百二十ポンドだと言う。黙って立ち去る。次の運転手と交渉。百ポンドと言うのを九十ポンドに負けさせて乗り込む。タクシーは空港から町に向かう。暗い中、ライトアップされた幾つものモスクが車から見える。なかなか異国情緒がある。
道路は結構良くて常に二車線から三車線ある。しかし、どの車も車線の中を走っていないのだ。ちょっと隙間があると突っ込んで来る車があるので、平均して二車線の道路では横に三台、三車線の道路では横に四台車が横並びに走っている。そして、皆、頻繁に車線を変更する。ブーブーとクラクションを鳴らしながら。もちろん方向指示器なんてものはつけないで。それを時速八十キロでやるのだ。前に車がいるのに運転手がどんどん突っ込んでいく。
「あれ〜、ぶつかる。」
と思ったとたん、車と車の僅かな隙間からスルリと前に出ている。僕は、息子がやっていた、F1レースのゲームを思い出した。
「オレの運転は上手いだろう。」
運転手が英語で誇らしげに言う。
「上手い上手い、あんたはエジプトのルイス・ハミルトン(英国人のF1ドライバー)だ。でも、皆こんな運転だったら、事故も多いだろうね。」
「いや、オレは事故ったことはないね。」
本当なのだろうか。もうひとつ驚くのは、そんな乱暴な運転をする車で溢れた道路を、人々が涼しい顔で横断していることだ。
運転手が、エジプトの歌をかける。短調のメロディー、「コブシ」のきいた歌い方、日本の演歌にそっくり。
「日本の歌に似ている、気に入った。」
と言ったら、運転手は、
「土産に持ってっていいよ。」
カセットテープを取り出して、僕にポイと投げた。
倒れた石像。左足が前に出ているのが分かる。