ヤギと年寄りに注意
風車のある峠から自転車で坂を下る。
その日僕たちと行動を共にする人たち、夫婦連れはオランダ人、途中から乗ってきた父親とふたりの息子はデンマーク人だった。下の息子さんは、サッカーチーム「リバプール」の「スティーブ・ジェラルド」の名前の入ったユニフォームを着ている。マユミに、
「あなたリバプールのファンなのね。このお兄ちゃん(ワタル)はマンチェスターのファンで、私はチェルシーのファンなのよ。」
と言われ、照れくさそうにしている。
車で標高千二百メートルのオマロス高地まで登り、そこの風力発電の風車群の前で、車を降りる。各々自分の体格に合った自転車を受け取り(申し込みの際、身長を聞かれている)ヘルメットをかぶる。つまり、このツアーは一番高い所まで車で上り、そこから駆け下りようという「楽チン」サイクリング・ツアーなのだ。自転車は前三段、後ろ八段、二十四段変速のマウンテンバイク。右手が後ろブレーキで、左手が前ブレーキというのが、僕の自転車とは反対で、ちょっと勝手が狂う。スタートの前に、ガイドのオナシスから、注意事項が伝達される。
「気をつけなければならないのは、車とヤギと爺さん婆さんだ。」
彼は真面目な顔で話し始める。
「後ろから来た車には道を空け、ちょいと手を振ろう。大胆なヤギが道路で寝ていることがあるからそれにも注意。歩いている爺さん婆さんたちにも気をつけて。彼らは確かに老いぼれているが、只でベビーシッターをしてくれるという使い道がある。」
自分たちの自転車の「試運転」をした後、オナシスの先導で坂を下り始める。まずオランダ人夫婦がオナシスに続き、デンマーク親子がその後、うちの家族がそれに続き、僕は一番後ろから付いていく。標高千メートル、腕に当たる風が少し冷たい。マイクロバスが後ろから付いて来る。それには何となく安心感がある。時速三十キロほどだが、スピードに慣れていないうちは、けっこうスリルがある。一列に並んで坂を下りるのは、「ツール・ド・フランス」のアルプス越えの気分。
十六キロほど走り、そこで午前の部のサイクリングはお終い。自転車を運搬車に乗せ、今度は歩きになる。トレッキングをするのは「アギア・イリニス渓谷」。これでクレタ島の峡谷を歩くのは三つ目だ。リトアニア人の若いガイドのお兄ちゃんが先頭で、谷を下り始める。距離は八キロ。予定時間は二時間半。峡谷の出口で、オナシスとマイクロバスが待っているという。
このトレッキングはかなりきつかった。サマリア峡谷で十八キロを歩いたときは、自分のペースで歩けて、自由に休憩を入れることができた。ところが今回は、皆のペースで歩かなければならない。そのペースが結構速いのだ。上り坂では心臓に負担をかけないように、ゆっくりと登る。しかし、下り坂でそれが取り戻せない。上り坂がある度に遅れて、次の休憩地点で追いつくという繰り返し。それでも何とか付いていく。
一列になって、ゴージを進む。遅れないように。