デンマークで一番高い山
谷の一番狭い部分。シモン少年の両手が届く。
オナシスに代わってガイドを務めるリトアニア人の兄ちゃんは、背中の水筒から口までの管を通し、それをチューチュー吸いながら歩いている。オランダ人の男性が、冗談で、
「あんた、それ中身はビールだろ。」
と言う。兄ちゃんはニヤリとして、
「ちがう、これはラキなの。」
と言った。
最後に「峡谷の最も狭い地点」というのを通った。十四歳のデンマーク少年シモンが両手を伸ばすと両側の崖に同時に手が届く。つまり幅が一メートルしかない。
正午を過ぎ、暑くなってくる。七月に入り、また少し気温が全体的に上がってきたようだ。午後一時、汗だくになりながら峡谷の終点に到着。オナシスがマイクロバスで迎えにきてくれていた。車に乗り込み、それが走り出し、風が窓から吹き込んできたときには、皆一斉に、
「ああ気持ち良い。」
と呟いた。
ソウギアという海辺の村で昼休みとなる。一軒のレストランに入り、そこでめいめい飲み物や食べ物を注文する。僕たちは、持参したサンドイッチと握り飯を食べる。ツアーの参加者同士で話がはずむ。ワタルはデンマークの少年たちと英語でサッカーの話をしている。サッカー通のワタルはデンマーク出身の選手も何人か知っていた。サッカーは「世界の共通言語」なのだと思う。
「この前、デンマーク人が数人このサイクリングに参加したんだ。彼らは山道と崖に慣れてないんで、怖がって、ゆっくりゆっくりとしか走れなくて、四時間もかかったよ。」
とオナシスが言った。僕も何度か訪れたが、デンマークはひたすら平らな国なのだ。
「デンマークで一番高い山は百五十メートルって本当ですか。」
と僕は幼稚園の先生だと言うデンマーク人の父親に尋ねた。彼は答える。
「多分、百六十五メートルだったかな。」
「それ、山じゃなくて、丘って言うんじゃないの。」
「いや、彼らにとってはそれが山なんだ。」
テーブル上に色々なコメントが飛び交う。
レストランの奥さん、と言っても二十歳過ぎの女性だが、オナシスの知り合いらしく挨拶に来る。腕に一歳くらいのポチャッとした女の子が抱かれていた。
「皆さんに挨拶しなさい。」
と母親がギリシア語で言ったのだと思う。女の子は僕らに手を振って、投げキッスをした。
「可愛い。」
とスミレが叫ぶ。確かに、とても可愛い娘だった。
ガイドとツアー参加者で昼食。多国籍なメンバーだが、だからこそ会話が弾む。