一家にひとり、魚をさばけるお父さん

 

ラキセットを買った、瀬戸物のお店。青い色は海の色のよう。

 

 細い旧市街を通って駐車場に戻る途中、ワタルのガールフレンドに土産を買う。アメジストのイヤリングを買ったところ、スミレが気に入ってしまい、結局スミレの土産になってしまった。改めてミランダには陶器製の宝石入れを買う。

 十一時半にハニアを出て、正午にアパートに戻る。先ず、買ってきたスズキとクロダイを下ろすことにする。金沢で覚え、ガダルカナル島で鍛えた「魚さばき術」の見せ場だ。ガダルカナルでは、血だらけになりながら大きなカツオをさばき、イセエビまで料理した。ベランダでスズキとクロダイの鱗を払い、台所で三枚に下ろす。この前ハニアで買った包丁は刃も厚く使い易い。

「一家にひとり、魚をさばける人間がいるのは良いことだねえ。」

などと調子に乗っていると、ふと「不吉」なことに気がついた。まだ停電中なのだ。ということは魚を保存しておく場所がない。冷蔵庫を開けてみると、中に入っている物からの冷気でまだかなり冷たい。僕は急いでさばいた魚を冷蔵庫に入れ、家族に命令を発した。

「おーい。電気が来るまで冷蔵庫を開けちゃだめだぞ。」

 魚をさばき終わると疲れが出て、眠ってしまった。小一時間して目を覚ますと、他の三人もグーグー眠っている。まだ停電中。パソコンは使えない。僕は一人でプールサイドに出て本を読み始めた。暑くなってくると、プールか海に飛び込み、十分ほどしてまた上がって本を読むということを繰り返す。しばらくして、マユミとスミレも参加。三人で沖の黄色いブイまで「遠泳」をする。それにしても、砂浜にはゴミもなく、水もあくまでもきれいだ。小さな魚が下を泳いでいる。

 五時ごろにひとりで部屋に戻る。電気はまだ来ていない。家族に発した「禁令」を自分で破り、冷蔵庫を開け、素早くビールの缶を取り出す。ビールはまだ飲み頃に冷えていた。ビールを飲みながらベランダで本の続きを読む。ノルウェーの作家の本を、例によってドイツ語で読んでいるが、今日だけで五十ページは進んだ。停電でパソコンが使えないから、その分読書が進むというもの。

 五時半、部屋の中でカチッと音がしたのが聞こえる。電気が来て、冷蔵庫のスイッチが入ったのだ。僕はビールをもう一缶開け、それを飲みながら、料理を始めた。まずクロダイのアラでスープを作る。飯を炊く。スズキの半身の皮を剥いで、刺身を作る。六時ごろにプールから帰ってきたマユミには、小イワシを唐揚にしてくれるように頼む。

 夕食が始まる。子供たちは普段、余り魚は食べないのだが、スズキの刺身と、レモンをたっぷりかけた小イワシの唐揚は、喜んで食べてくれた。作り甲斐があったと言うもの。

「クレタ島に来て、魚を食べるのは予想してたけど、まさか刺身を食べられるとは思ってなかったわ。」

妻が言った。一家にひとり、「魚をさばけるお父さん」がいるのも悪くないでしょ。

 

旧市街でお土産ショッピングをする、マユミとスミレ。

 

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