新鮮な魚は目で判る
公設市場、アゴラの中。地元の人と観光客が半々くらい。
七月二日。夢を見る。テツオなど大学の陸上部仲間数人と十四キロのレースがあるというので、スタート地点に行ってみると、僕たちだけしかいない。仕方なく僕たちだけで走り出す。それなのに何故かテレビ中継があって、各ランナーの下に「何勝何敗」という数字が映し出される。僕の下にも「三勝何敗」という数字が見える。僕は今まで一度もレースに優勝したことがないのに何故三勝という数字が出るのだろう。そんなことを考えながら走り出す。そこでブーンと音がして、目を覚ますと、耳元に蚊の音がした。起きて蚊取り線香に火をつける。
朝起きて、パソコンをベランダに持ち出し、撮ってきた写真を基に、クノッソス宮殿の絵を描き始める。毎日一枚という目論見が、出歩いてばかりいるので、まだこれで四枚目。
日が昇り暑くなってきたのでプールでひと泳ぎ、部屋に戻って朝食を済ませ、絵の続きを描こうとする。しかし、パソコンのバッテリーが切れた上に停電。それで本を読み始める。
マユミが魚と土産物を買いにハニアへ行きたいという。子供たちを誘うと、ワタルは残り、スミレは一緒に行くと言った。九時ごろに車にクーラーボックスと氷を積み、ハニアに向かう。停めるところがないので、この前車上荒しに遭ったのと同じ場所、ヴェネチアン・ハーバーに車を停める。
「他に停める場所ないの。」
とスミレが懐疑的な目で僕を見る。事実、ここを除いて無料の駐車スペースはないようなのだ。
公設市場、「アゴラ」に行く。前回は午後に行ったのでもう閉まっていた。いつも八時から十三時まで開いているという。十字の形をした建物。中に五十件くらいの店がある。店の三割くらいが特産品のハチミツ、オリーブ油、ラキやウーゾ(酒)、その他土産物を売る観光客相手の店、残りが、魚、野菜、果物、肉、チーズ、ハーブなどを売る店だ。
何はさておき、魚屋を覗く。妻も僕も金沢に永く住んでいたので、新鮮な魚を見る機会が多かった。それで魚の新鮮さの「目利き」はできる。大したことではない。要は、魚は目を見れば新鮮さが分かるのだ。僕が疲れて目をショボショボさせていると、マユミは
「一昨日釣ってきたサバみたいな目をしてる。」
と言う。魚屋に並ぶ魚の目を見ると、今朝釣られたものであることはほぼ間違いない。
新鮮な魚にすっかり逆上してしまった僕は、スズキ、クロダイ、イワシ、ムール貝を買う。全部で二十ユーロ。そんなに高くない。マユミはその後、料理好きの娘ミドリにオリーブの絵の描いたエプロン、ハチミツ、オリーブなどを買っている。僕は、陶器製のフラスコ型の容器に、同じく陶器製の小さなコップが付いた「ラキ・セット」を買った。「ラキ」というギリシアの酒は、よく冷やしてフラスコの中に入れて供され、小さなグラスに注いで飲む。ロンドンではもちろん「ラキ」は手に入らないが、フラスコと小さな器を徳利と猪口代わりに使って、日本酒を飲もうという算段だ。
新鮮な魚が並ぶ魚屋。どれも食べたい。全部買って帰りたい。