船上のギリシア民謡
途中で立ち寄った美しい村。
目の前の港には、おそらく僕たちをホラ・スファキオンまで運んでくれるフェリーが接岸している。レストランのバルコニーから下の道路を見下ろすと、十八キロのトレッキングを終えた人々が次々に「ゴール」に到着していた。誰の顔にも、安堵の表情が浮かんでいる。何か、マラソンのゴールを見ているような気がした。
十七時三十分発のフェリーに乗り込む。フェリーの中では、大多数を占める観光客に混じって、数人の地元民の中年の男性と女性が乗っており、互いに賑やかに話をしている。そのうちひとりの男性がバイオリンを取り出し民謡を弾き始める。それに合わせて、おばさんたちが手を取り合って踊りだす。ちょっとした船上エンターテインメントだ。観光客がその一団にカメラを向けている。何故かマユミが踊っているおばさんと、しきりに何か話している。マユミは、本当にどこでも知り合いを作ることのできる貴重な人材だ。
目的地のホラ・スファキオンに着く前に、フェリーはもうひとつの小さな村に立ち寄った。その村にも道路は通じておらず、フェリーが唯一の外界との交通手段。僕は生まれてこのかた、そんな可愛い村を見たことがない。建物は全て白く塗られている。真っ青な海に面した真っ白な村。そのシンプルな美しさには誰もが感嘆するだろう。観光客がその村に向けてさかんにシャッターを切っている。一度この村で一日を、一晩を過ごしてみたいと思う。
予定通り、午後六時半にフェリーはホラ・スファキオンの港に到着。この場所は、マユミと子供たちがインブロス峡谷をトレッキングしている間、僕だけが一度訪れている。フェリーを降りる。七、八百人くらいの人がフェリーに乗っていたようだ。夏の最盛期にはこれが二千人になるらしい。
ハニア行きのバスは午後六時四十五分に出発。例の急カーブの連続の道を越え、午後八時半にハニアに到着した。驚いたことに、ハニアでは店がまだ開いていて、歩道も人で溢れ、道路もちょっとしたラッシュアワー。シエスタの後、夕方のショッピングタイムだったのだ。
早朝からの活動で我が家のメンバーは皆疲れていた。せっかくだがショッピングは次の機会。カリヴェスのアパートに向かうことにする。スミレと僕がまずヴェネチアン・ハーバーに停めた車に着く。ドアが開いている。ドアをロックしたのは百二十パーセント確か。誰かが運転席のドアをこじ開けたのだ。幸い車の中には、昨日買ったスミレのビーチボールが乗っていただけ、車上狙いもさすがにビーチボールには興味がなかったと見える。ボールはまだそこにあった。
ドアはロックできないが、車は走る。僕たちは車に乗り、まだまだ賑やかハニアの町を抜け、九時過ぎにカリヴェスのアパートに戻る。疲れたが、なかなか充実感に満ち溢れた一日だった。
船の上で踊るバイオリンの伴奏に合わせ歌い踊るギリシア人のおばさんたち。