クレタ・ドライブ
インブロス・ゴージで見かけた大きなアザミの花。直径五センチ以上ある。
旅行先や出張先でレンタカーを借りた場合、いつも僕が運転手を勤めることになってしまう。妻も免許は持っており、あの車の多いロンドンで立派に運転しているのだ。しかし、他のヨーロッパ諸国での休暇になると、右側運転に慣れていないとか、車がマニュアル車だとか理由をつけて、僕に運転を任してしまう。出張でドイツやオランダに行っても、英国人の同僚、特に僕のボスのアンディなどは、何故かいつも僕に運転をさせる。僕だってもう何年も右側通行でしか運転していないし、普段はずっとオートマ車なのに。
クレタ島のつづれ折の道を走っていると、道の脇の所々に、教会のミニチュアのような小さな「ほこら」が立っている。
「交通事故で死んだ人の供養のために立てられたのかしら。」
と妻は言う。それにしては数か多すぎるような気もする。確かに、道はカーブの連続だが、車には滅多にすれ違うことはない。しかし、後でギリシア人に尋ねたところ、妻の想像は正しかった。交通事故の跡だという。
インブロス峡谷の入り口に着く。サンダルを靴に履き替えて、水と食料を持って谷に下りていく。十五分ほど歩くと料金所があり、そこでひとり二ユーロを払う。川が流れているのかと思ったが、水はない。谷自体は水によって削られたものなのだが、実際谷に水が流れるのは年に数回、冬の間だけらしい。今は乾季。谷は完全に干上がっている。深い谷沿いの道なので、岩場だが、日陰が多く涼しくて歩き易い。所々にアザミが生えている。こちらのアザミの花は直径が五センチ以上あり、そこに数匹のアブやハチが取り付き、蜜を吸っている。
谷に沿って四十五分ほど下り、そこで僕だけ引き返す。僕は二度の心臓の手術以来、あまりきつい運動ができない。今日はこのへんで。「足慣らし」ということで、一時間半くらいの運動で抑えておくことにする。三人を見送り、持って来た握り飯を食べた後、また入り口の駐車場に戻る。
三人が帰ってくるまで二時間以上時間がある。僕は車を運転して、島の南側へ降りてみた。昨日買ったギリシア音楽のCDをかける。ギターの曲でなかなか良い感じ。海が見えてくる。道がカーブを重ねながら、海に向かって延びている。真っ青なエーゲ海を見下ろしながら、窓から吹き込む乾いた風を感じ、ギリシアの音楽を聴きながらの運転。最高の気分。
二十分ほどで、ホラ・スファキオンという港町に着く。サマリア峡谷の観光を終えた観光客が着く港だ。彼らをピックアップする観光バスが、港の駐車場や周辺の道路に停まっている。港に面したタヴェルナで冷たい飲み物を注文。昼食の時間が終わったせいか、客は僕ひとりだ。
古い港の横で、新しい港の工事をしている。ウェイターの兄ちゃんが、
「あんた、フェリーポートの工事現場で働いてるのかい。」
と僕に聞いてくる。おそらく、外国人の労働者が沢山働いているのだろう。
ゴージ(枯れ谷)を行く。