料理好きの家族の利点
インブロス・ゴージの一番狭い部分と、怪しい中国人風の息子。
ホラ・スファキオンのタヴェルナで海を見て過ごすうちに、三時近くになった。そろそろ三人が戻ってくる頃だ。また車を運転し、坂を上り、インブロス峡谷の入り口の駐車場に戻る。
車の中でウトウトしていると、
「パパー」
というワタルの声が聞こえる。思っていたより早いご帰還。往復十六キロの道のりを、わずか三時間余で走破してきた。結構速く歩いてきたらしく、スミレは顔中に汗をかいていた。
「パパが引き返したすぐ後に、良い所があったのよ。」
とスミレが言う。僕が引き返した後に、谷の最も狭くなっている部分があり、その部分は両側が絶壁で、谷の幅が一メートル半しかなかったという。しまった、無理をしてでももう少し言ってみるべきだったようだ。
息子が冗談で、時々Tシャツをショートパンツの中に入れて歩いていたが、何故か、それだけで噴き出してしまうのだ。
「ゲイみたい。」
とスミレ。
「怪しい中国人みたい。」
と僕。
カリヴェスに戻る途中、海が見える。砂浜から見る海も良いが、高いところから見下ろす海の色は特に素晴らしい。今朝娘のミドリに書いた手紙にも、まず海の色のことを書いた。この海の色をカメラに収めたいと思うのだが、夜になってデジカメからパソコンに写真を取り込み、スクリーンに映すとその美しさの十分の一も伝わってこない。この色は頭の中に写しこんでおくしかないようだ。
アパートに戻り、少しプールで泳いだ後、夕食の準備に取り掛かる。今日の「シェフ」は息子のワタル。牛肉ソースのパスタを作るという。
「セルフ・ケータリング」つまり自炊の場合、「家族のうち何人が食事を作ることができるか」が問題になってくると思う。もし、旅先でも奥さんしか食事を作れなければ、奥さんは結局旅先でも毎日食事を作る破目になり、心と体が休まらない。
「そんなことなら、少々高くても、食事付きのホテルにするわ。」
ということになるだろう。我が家は幸い、僕も息子も料理が好き。ワタルは四年間の独り暮らし料理がぐっと上達した。したがって、主婦に負担をかけることなく、美味しいものが安く食べられる。
その日息子の作ったパスタソースは、オリーブ油とニンニク、ベーコンだけでの味付け。シンプルな味ながら、なかなか美味しかった。
料理を作るシェフ・ワタル。