絶妙、アンチョビーご飯
青いタイルの屋根、アルティエの丘の上の教会
アルティエからの帰り道、カルベの街に入る。ポヨ子が
「あれ、ドイツ語じゃない。」
と言う。見ると、「ヴォッヘン・ブレッター」と書いた看板。「週刊新聞」の意味だ。ドイツ語の新聞が発行されるくらい、この辺りにはドイツ人が住んでいるらしい。アパートの近くのスーパーで買い物をする。
アパートに戻る。今日は外に食事に出る予定だが、その前の「景気付け」に、妻と今買ってきたばかりのシャンペンを飲む。これも今買ってきたばかりのオリーブ、アンチョビー、プロシュート（生ハム）などを肴に。
八時ごろに海岸の遊歩道に出て、一軒のレストランで食事をする。パエリアを食べる。味ははっきり言ってもうひとつ。少し海岸を散歩してアパートに戻る。日光を浴びたせいか、快い疲れを感じ、バタンキューで眠ってしまった。
翌朝はポヨ子が「誰もいない海岸」を見たいというので、朝八時頃から三人で海岸沿いを散歩する予定でいた。しかし、言い出しっぺのポヨ子はグースカ寝ていて、結局起きて来ず、八時過ぎに、妻とふたりで海岸に出かけた。
海岸沿いの遊歩道に着いた時、ちょうど太陽が水平線から半分顔をだしたところだった。二分遅くては見えなかった。絶妙のタイミングで海岸へ出たわけだ。海から上る太陽は、ラグビーボールのようにひしゃげていた。太陽は間もなく、少し上にある雲に隠れた。
一キロほどの海岸を端まで歩く。波は昨日より静かで、波打ち際を裸足で散歩している人を見かける。スペインには、水虫の人が多いようだ。
砂浜は岩山のふもとで終わり、そこから絶壁になっている。昨日はそこで戻ったかが、今日はそこに小道のあるのを発見した。上ってみる。野生のラベンダーの藪の中に、わずかに踏分道がついている。歩きにくい。結構根性のいる道だ。見ると妻はペラペラのサンダルで歩いている。よくやる。藪をかき分けて進むと、ようやく、少し広い道に出た。
「この道、どこへ続いているのかしら。」
と妻が言う。
「わからんね。未知の道やから。」
などとつまらないことを言って、また妻の冷たい視線を受ける。
ちょうど犬を二匹連れた女性がやってきた。道を尋ねる。英国のヨークから来たと言うその女性の情報によると、そのまま道を上がっていくと、トンネルがあり、それを潜ると岩山の頂上まで行けるそうだ。しかし、心臓の治療以来、上り坂に弱い僕には無理のように思える。
結局一時間以上散歩に費やし、娘が腹を空かせているのではないかと心配して急ぎ足でアパートに戻る。しかし、彼女はまだグーグー眠っていた。飯を炊いてベランダで朝食。昨夜買ったアンチョビーと暖かいご飯と海苔が合う。余りの美味しさに、朝食ではいつも飯を茶碗に軽く一杯しか食べない僕が、二杯半も食べてしまった。