うらめしのデッキチェア
白い壁が美しいアルティエの街。
「ワイキキ」で思い出した。僕は金沢で大学を出た後、ワイケイケイという会社でしばらく働いた。あるとき、そう言うと、相手の人はこう答えた。
「へー、モトさんすごいですね。カナダへ留学された後、ワイキキでお仕事なさってたんですか。」
それにしてもえらい違い。そうだったら人生変わっていたでしょうね。
話をスペインに戻そう。カルベの海岸沿いには、不動産屋も何件かあった。ヨーロッパから太陽を求めて来る人々に、家やコンドミニアムを売っているのだ。コンドだと、安いもので千五百万円くらい。手の出ない価格ではない。友人の近藤がそれを買ったとすると、
「近藤が今度コンドを買った。」
と言うことになるのだろうか。いけない、最近すぐに「親爺ギャグ」が出てしまう。
海岸を一通り散歩した後、一度アパートに戻り、水着に着替えて再び海岸に出る。娘と妻は、陽気に誘われて水に入り、波打ち際でチャプチャプやっている。僕は寝転んで本を読むため、デッキチェアを借りることにした。青いデッキチェアを十ほど積み上げた上で、昼寝をしている黒人のお兄ちゃんがいる。腰に財布をくくりつけている。彼がデッキチェアの管理人らしい。彼を起こして、
「ひとつ借りたいんだけど。」
と英語で言う。彼は四ユーロだと言った。ちょっと高い気がするが、まだ昼の二時。数時間は楽しめる。僕は金を払い。デッキチェアのひとつを太陽の方角に向けた。その上に横になり、ガルナシア警部の物語の続きを読み始める。間もなく、妻と娘が海から上がってきた。水は結構温かいと言う。
隣では、オランダ人の家族、夫婦と三人の子供たちが、砂の城を作っている。子供たちより、お父さんが一番一所懸命になっている。平和な光景だ。
しかし、間もなく上空に雲が広がり、太陽が翳ってきた。そうなると、じっとしていると結構寒い。結局四ユーロで借りたデッキチェアは、一時間足らずで放棄せざるを得なくなった。僕たちは砂浜を退散した。
時刻はまだ三時半。少しドライブをしてみることにした。妻の提案で、昨夜高速道路を降りてからカルベに来る途中にかすめた、アルティエの街へ行くことになった。着いてみると、海岸、遊歩道、食堂やカフェと、変り映えのしない街の構成。しかし、妻が観光案内所で聞いてきた丘に登ると、そこはなかなか良い場所だった。教会が丘の上に立っている。その屋根がブルーのタイルで覆われていて、夕方の陽光を反射している。丘の中腹には白い色に塗られた家が張り付いている。家々の壁の白い色が、見上げる青い空と、見下ろす青い海に映えている。
教会の前の広場にカフェがあった。そこでビールを飲む。天気は回復し、太陽は午後の最後の輝きを、惜しみなく降り注いでいた。