自転車また自転車
街のいたるところに自転車が停まっている。
高速道路を降りて、ケンブリッジの町に入る。車道の両側には自転車専用路線があって、沢山の人が自転車を走らせていた。町の中心に近付くにつれ、自転車の密度が増えていく。多くの建物の前には、何十台という自転車が停まっている。ケンブリッジでは、自転車が主要な交通機関であるらしい。と言うことは、とりもなおさず、自動車には不向きということになる。Y君からも、
「ケンブリッジはあまり車の運転に適さない場所ですから。」
との助言をもらっていた。案の定、車がつかえて進まないのでUターンすること一回、その後も、駐車スペースを探すために、何度か同じ道を行きつ戻りつ。ようやく、僕は車を街中の立体駐車場に停めた。
時間は十一時半。Y君とは正午に「マーケット・スクエア」で落ち合うことにしていた。ポヨ子が、自転車に乗ったお姉さんに、そこへ行く道順を聞いている。
大学町と言うのは独特の雰囲気がある。「古いのに新しい」、一言で言えばそんな感じ。昔ドイツで住んでいたマールブルクも、六万人の人口の四分の一が学生。そして、やはりそんな雰囲気を湛えていた。独特の雰囲気は「若い人が多い」ということから来るものだろう。ケンブリッジの町並みにも、間違いなく、その雰囲気が漂っている。
ケンブリッジの町を歩いていて、一見してオックスフォードに似ているとも思ったが、核心のところでどこか違うという結論に達した。どちらも古い建物が多い。オックスフォードでは、その古い建物から威圧的な印象を受ける。しかし、ケンブリッジでは建物から優しい、友好的な印象を受けた。何故なのだろう。それに、どの建物の前にも停められている、膨大な数の自転車。オックスフォードではこれほどの自転車は見なかった。
待ち合わせ場所のマーケット・スクエアに行く途中、キングス・カレッジの前を通った。門が開いていたので中を覗いてみる。一辺が百メートルくらいある正方形の芝生の中庭を、重厚な建物が取り囲んでいた。このパターンが典型的なケンブリッジのカレッジの建て方であることを、僕は後程知ることになる。右側の建物、礼拝堂は特に立派なゴシック建築だ。クラシック音楽を聴く者にとって、ここは結構耳慣れた場所。「ケンブリッジ、キングス・カレッジ聖歌隊」は英国では特に有名で、沢山のCDが出ている。ポヨ子は受付で、カレッジ志願者用の資料「プロスペクタス」を貰っていた。
正午の五分前にマーケット・スクエアに到着。名前の如く、四つの道が合流した一辺五十メートルくらいの広場に、テント張りの露天が並んでいる。Y君の携帯に電話を入れると、彼もこの広場のどこかにいるとのこと。間もなく、妻がY君の姿を見つけた。彼は、ケンブリッジのマークの入った毛糸の帽子を被り、そして、やはり自転車に乗っていた。
ポヨ子、妻、僕の順番で、Y君とハグをする。Y君は、自転車を、既に広場に停まっている何百台の自転車の中に停め、鍵をかけた。僕たちは、街を案内してくれると言うY君の後について歩き出した。ポヨ子とY君が前に立ち、妻と僕が付き従うという形で。