第七章       ラルフとの再会

 

 秋が深まり、W市で行われるマラソンの日が近づいてきた。マラソンは日曜日の昼にスタートだが、ディーターに頼んで、前日の土曜日から彼の家に泊めてもらうことにした。飛行機の切符も手配した。僕は徐々に日曜日に走る距離を伸ばしていった。四十二キロを練習で一度走っておけば一番安心なのだが、そこまでは到達せず、三時間かかって三十二キロまでを練習で走った。あと十キロくらいは、何とかなるさ、這ってでもゴールに辿り着けるだろうという魂胆である。甘いかなとも思うが、マラソンに出場する人が、皆それまでの練習で四十二キロを走っているとも思えない。

 前日の土曜日、朝五時妻の運転でロンドンのヒースロー空港へ向かった。妻は、

「無理をしないで、楽しんでらっしゃい。」

と送り出してくれた。昼前にデュッセルドルフ空港に着いた。空港からW市に向かう。久しぶりのW市であるが、懐かしいと言うより、まだ自分がそこに住んでいるようで、自分がそこにいることを全く違和感なく受け入れることができた。W市の街中の市役所広場にあるマラソン大会の事務所に立ち寄り、ゼッケンを受け取った後、夕方にディーターの家に着いた。ディーターと奥さんのクラウディア、一歳半の娘、カタリーナが玄関に出迎えてくれた。

 昨年の秋、初めてディーターと走ったとき、乳母車の中でスヤスヤ眠っていたカタリーナはすっかり大きくなり、歩いているどころか、話し始めていた。人見知りをしない愛嬌のある子で、母親に似て可愛い顔をしている。カタリーナと話していると面白い。

「カタリーナ、これ何。」

と聞くと、彼女は

「これ」

と答える。お人形を指しても、机を指しても、答えは「これ」である。でも、物の名前が分かっていないわけではない。

「カタリーナ、お人形見せて。」

と頼むと、ちょこちょことお人形の所へ行き、それを手に取って、僕の所まで持ってきてくれる。「名前なんてどうでもいいの。お人形は抱っこできればいいし、ビスケットは美味しければいいのよ。」と言わんとするばかりである。僕は物の名前は普遍ではないと言う真理を、一歳半の彼女から学んだような気がした。

 マラソンの前日はパスタと言うのがドイツの常識なのか、クラウディアは晩御飯にほぐした鮭の身の入ったホワイトソースで和えたマカロニを作ってくれる。早くベッドに入ったが、何となく緊張して夜半過ぎまで眠れなかった。

 

 翌日、ディーターとクラウディアと三人で朝食を取った後、昼前に市電でスタートに向かう。ディーターは用事が会って来られない。スタートの市役所前広場に着くと、そこは既に人で埋まっていた。何千人という人の中で、僕はラルフや「走ろう会」の仲間を捜すことをあきらめた。スタートして走り出したら、抜いたり抜かれたりして、顔を合わすだろうと思った。出発の十分前くらいに、僕は持参したバナナを食べた。クラウディアが、走り出すまでにお腹が空くといけないと、サンドイッチを作ってくれたが、食欲がない。サンドイッチはやめておく。

僕は「W市フォルクスヴァルト走ろう会」と背中に書いた赤と青の縞模様のランニングシャツに着替え、安全ピンでゼッケンをつけ、乳首のところにバンソウコウを張り、残りの荷物を預けると、スタート広場の群集の中に入っていった。

 何千人というランナーと一緒にスタートを待つ。スタートラインははるか遠くであるが、人が多くてそこまでは辿り着けない。四十二キロは長い道のりである。後ろのほうからのんびり行こうと思う。スタートの時間が近づき、拡声器からの音楽が大きくなる。やたら勇ましい音楽で、周りの何人かは手拍子を打ちながら一緒に歌っている。音楽が途切れ、あと一分のアナウンスがあり、間もなく秒読みが始まった。

「十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、ゼロ。」

ゼロになっても、周囲では何も起こらない。先頭はスタートしたのだが、僕の周りが動き出すまではまだ数分かかりそうである。果たして、五分して周囲がようやく動き出した。しかし、まだ走り出すまでには至らない。皆ぞろぞろ歩いている。それから更に数分して、僕が「スタート」と書いたゲートの下を通り抜けてからやっと、周囲に空間が出来て走り始めることができた。僕は、瞑想に耽るように目をほとんど閉じて、顎を引いて、自分の数メートル先だけを見つめながら走り出した。自分が前に進んでいるという感じよりも、周りの景色が後ろに流れていくような感じが強い。道は間もなく市街地を出て、並木道に入った。

 十四キロ地点で、前に僕と同じ赤と青の縞模様のシャツが見える。二人連れである。近づくにつれて背中の白抜き文字「フォルクスヴァルト」がはっきりする。横に並ぶ。ギュンターとユルゲンであった。四ヶ月ぶりの再会である。走りながら二人と握手をし、お互いに「元気か。」と尋ね合い、お互いに「元気だ。」と答える。しかし、ゆっくりと話している暇はない。僕は先を急がなくてはいけないのだ。「じゃあ、ゴールでまた会おう。」僕はそう言って、二人を引き離す。

 それから二キロ言ったところで、また前方に「フォルクスヴァルト」のシャツ。今度は、パイロットのミヒャエルだった。握手。「元気か。」の尋ね合い。しかし、ミヒャエルは「走ろう会」の中でも、主将格のトーマスと同じくらい速い男である。これまで、練習で彼と一緒に走り、最後までついて行けたことは一度もなかった。こんなところで追いついていいのだろうかと、一瞬不安な気持ちが心をかすめる。

「きっと今日はとても調子がいいのだ。」

と、自分に言い聞かせる。

「お先に。」

と言って、ミヒャエルも追い抜いて走る。事実、足は軽い。

 結果的には、ここでミヒャエルと一緒に走っておくべきだった。調子に乗って飛ばしすぎた僕の足は、三十五キロ地点でもう前へ出なくなった。気がつくと、腕や足にが一面粉を拭いたように真っ白になっている。塩吹き昆布状態。大量の汗が蒸発して、塩分だけがこびりついているのであった。こんなに大量の塩分が残るためには、どれほどの汗を自分がかいたか考えると自分でも恐ろしくなった。夢遊病のような足取りで、次の給水所に辿り着き、プラスチックのコップの水を一杯、二杯、三杯とがぶ飲みする。ところが、走り出して、二十メートルも行かないうちに、気分が悪くなり、飲んだ水を全部道路に吐いてしまった。

 時計をみると走りはじめてからちょうど三時間経っている。練習で走った最長時間は三時間、今ちょうど同じ時間で体力の限界が来たのである。身体と言うのは正直なものだと自分で感心する。しかし、感心している場合ではない。先はまだ長い。あと七キロもある。

 三十五キロまでに追い抜いた何百人のランナーに、今度は僕が追い抜かれる番である。老若男女がどんどん横を通り過ぎ、しばらくして視界から消えていく。三十七キロくらいで、ミヒャエルが追い抜いて行く。彼は「頑張れ」と片手で僕の背中を押してくれる。しかし、彼について行くことは出来ない。しばらくして、ギュンターとユルゲンが追い越して行く。彼らの励ましにも、もう僕は応えられない。

 四十キロを過ぎたところで、僕はもう走るのを諦めて歩こうと思った。それ以前も、僕は歩くのとほぼ変わりのない速度であったが、少なくとも僕は自分ではまだ走っているつもりであった。数歩歩いたとき、耳元で、

「ミキ。」

という抑揚のない声がした。そちらを見ると、ラルフが例のロシア人レスラーの無表情で立っていた。彼はもう一度僕の名を呼んだ。励ますでもない、叱咤するでもない、横に居る人間をごく普通に呼ぶような声だった。彼は僕をじっと見ていた。僕は、返事をしようと思ったが、声が出なかった。あと二キロ。最後まで行こう、僕はそう思い直し、また走り出した。

 

 四時間と少しで、僕は「フィニッシュ」と書かれたゲートを通り過ぎた。一緒にゴールインした数人はガッツポーズをしていたが、僕はその元気もなかった。身体が激しく消耗していた。道端にしゃがみ込みながら僕が思ったこと、自分でも信じられないのだが、次のマラソンのことだった。

「次はきっともっと上手に走れるだろう。」

そう思って僕は道路に寝転がって空を見た。屈託のない秋の雲が流れていた。