厳冬期、ヨーロッパ
運河は全て凍結している。
オランダでは運河網が全土をカバーしているが、車の窓から見る運河は皆凍結している。
一月三日、冬休みが終わって大学に戻る息子のワタルを、彼の住むレミントンまで車で送って行った。レミントンはロンドンの北百五十キロ。丘陵地帯でもあり、ロンドンよりも寒かった。町に着いたとき、正午でも気温がマイナス一度。息子が友達と一緒に借りている家に入る。四週間のクリスマス休暇中、誰も住んでいなかった家。もちろん暖房も切ったままだ。つまり家の中も外気温と同じマイナス一度。買った食料品を運び込みながら
「これじゃ冷蔵庫は要らないね。どこへ置いておいても同じだ。」
と息子に言う。彼は暖房をつけに行ったが、冷え切った家はおいそれとは暖かくはならなかった。
今年のヨーロッパはどこも寒いが、それでも英国やオランダはまだましな方。ドイツの天気予報を聞くと、連日マイナス二十度近い気温を告げている。またニュースではマルセイユやマドリッドなど、いつもは暖かい南ヨーロッパでも積雪を伝えている。雪や寒さに慣れていない人たちだから、きっと大混乱なのだろう。おまけに、ロシアがウクライナを経由する天然ガスのパイプラインを止めているので、暖房がつけられない国があるらしい。よりにもよって厳冬期、最悪の時期に、ロシアとウクライナはもめている。
途中で僕たちの使うレンタカーをピックアップして、Oさんと英国から来た三人は、アムステルフェーンという町にある現場に着いた。そこで、一緒に作業をすることになる他の会社の人たちと会う。
今回の僕たちのミッションは、キャノン倉庫のベルトコンベアシステム立ち上げだ。倉庫の中に、空港で荷物を運ぶベルトコンベアの小型版を作って、それまでフォークリフトや手押し車で運んでいた倉庫内運搬作業、仕分け作業を自動化しようという試み。この装置を施工したオランダの会社「ファン・デル・ランデ」は、ロンドン・ヒースロー空港や、アムステルダム・スキポール空港の荷物の運搬用のベルトコンベアも施工をしたとのことだ。
同じ場所で、僕は五年ほど前、自動倉庫の立ち上げを担当していた。それで、また今回もお呼びがかかったわけだ。不景気の中、名指しでお座敷がかかるのは、喜ぶべきことなのだろう。しかし、新システムの本番稼動のサポートはいつも緊張する。予期せぬトラブルが次々と発生し、その対応に追われるわけだ。全てが時間との戦いになるので、相当のストレス。眠って目が覚めたら二週間後だったら良いのにと、いつも思ってしまう。
現場へは、クリスマスの前にも機械のテストランにきていた。その時にはうちの会社からは僕ひとり。ステファンというコンベアの会社のお兄ちゃんと、バーティというミドルウェアの会社のお兄ちゃんとの、三人での作業だった。僕とステファンは自分たちの会社の名前の入ったトレーナーを着ているが、バーティはいつもカラフルでヨレヨレのラグビーシャツを着ていた。今回も同じシャツだ。バーティは赤ちゃんをそのまま縮尺だけ大きくしたような、ポチャポチャした若者。彼が当分の間、僕のパートナーとなる。
一緒に働くバーティ君と。