アムステルダム到着
束の間の正月気分。
正月明けから二週間、アムステルダムへ出張することになった。当地にある、キャノンの倉庫での仕事を請け負ったからだ。一月六日、午前六時半の飛行機で、ヒースローからアムステルダムへ向かう。同僚のアンディとジェイが一緒だ。本名アンドリュー、通称アンディは課長で僕の上司に当たる。本名ジャヤバブ、通称ジェイは若いインド人で、僕と同じくチームリーダー。これに僕、通称モトを加えた三人が、今回のうちの会社のIT(情報システム部)から派遣されたメンバーである。
新年と言っても、英国にいると正月気分はほとんどないのと一緒。大晦日に年越しソバと、元旦の夕食に雑煮を食ったくらいかな。一月二日からまた仕事。でも、欧州に来て何年経っても、正月二日から働くというのにはどうも抵抗がある。日本ではクリスマスが休日でなく、皆普通に働いていると言うと、こちらの人間は「どうもピンと来ない」と言うから。まあ、お互い様か。
今年の元旦は危うく病院で迎えるところだった。十二月の三十日の夕方、出張を前に、いつも飲んでいる薬の処方箋をもらうためにGP、家庭医を訪れた。いつものドクター、カッテル先生はいなくて、黒人の女性、ドクター・デフーという医師に会った。
「最近、疲れてくると、時々胸が痛むんですよね。」
そう言ったとたん、ドクターの手が電話に伸びた。彼女は救急車を呼んでいる。「胸の痛みは即救急車」というのが、規則らしい。ちょっとちょっと、いくら何での急過ぎるんじゃないの。意外な展開にうろたえているうちに、救急車が到着。僕はバーネット総合病院の救急病棟に運ばれた。
「せっかくだから泊まっていけよ。」
と言われて、病院で一泊する破目に。心電図、血液検査、尿検査、レントゲン、運動心電図、色々な検査を終えて、
「何ともおまへん。」
というお墨付きを貰って、「釈放」されたときは、大晦日の夕方のことだった。
やれやれ、とんだ年の暮れになった。しかし、考えてみれば、この際、徹底的に検査をしてもらったことで安心したし、かえって良かったのかも。僕は妻の作ってくれた年越しソバを食べながらそう思った。
ロンドンからアムステルダムまではたった四十五分の飛行。飛行機の中で夜が明ける。午前九時少し前、スキポール空港に着いたとき、気温はマイナス七度。今年の英国の冬もなかなか寒いが、大陸はもっと寒いようだ。真冬の出張でも背広で通し、滅多にコートを着ることのないアンディでさえ、今日はジャンパーを着ている。天気は良く、風も弱い。キリキリというか、英語で言うと、「クリプシー」な寒さだ。「クリプシー」というのは「カリカリした、歯切れの良い」とでもいう意味だろうか。
うちの会社のアムステルダム支店にお勤めのO次長の出迎えを受けて、仕事場へと向かう。
飛行機の中、ドーバー海峡の上で夜が明ける。