イスタード街めぐり その二
マリアガタンの角は、古着屋になっていた。
「マリアガタン通り」と言う表現は正しくない。「ガタン」は既にスウェーデン語で「通り」を表すからだ。「エン・ガタ」が「a street」。それに定冠詞、英語で言う「ザ」が付くと「ガタン」になる。つまり「ガタン」とは「the street」と言う意味。しかし、冠詞が名詞の後を追いかけるのも珍しい文法だ。ともかく、スウェーデンの街を歩いていると、やたらガタンガタンしてしまうのだ。
ヴァランダーが住んでいる(とされている)家は、静かな住宅街の中の黄色い二階建ての建物だった。彼のアパートは第三作「白い雌ライオン」で、元KGBの殺し屋、コノヴァレンコに爆弾を投げ込まれ、派手に壊されたこともあった。いずれにせよ、こんな静かなところで爆弾が爆発したら、辺りの住民は大パニックに陥ったに違いない。メインストリートとマリアガタンに角は古着屋になっていた。
その後も、僕のヴァランダーゆかりの地「巡礼」は続く。旧市街に戻りリレガタンを訪れる。「五人目の女」で、犯人の女性が住んでいた場所だ。次はハルモニガタン。「真夏の殺人」の犯人が住んでいた場所。彼は他人宛の手紙を盗み読みするのが趣味の郵便配達人だった。リラ・ノレガタン。ヴァランダーの寡黙な同僚、アメリカインディアンの研究と天体観測が趣味のスベドベリの住んでいた通りである。彼は「真夏の殺人」で自分のアパートで殺されているのが発見される。ルナーストレーム・トルグは、第八作「防火壁」でコンピューターのコンサルタント、ティネス・ファルクが世界経済を混乱させるシステムを密かに作っていた場所だ。駅前のフリードルフのカフェ、ヴァランダーがよくサンドウィッチを買った店だが、今は経営者が変わったのか看板が外れていた。ヴァランダーが糖尿病と診断された病院。彼が自分の病気について調べた図書館、等々。パンフレットがあるので、本当に効果的に見て回れる。午後三時半にはもう、市内で見るべきところは全部見終えていた。
駅の裏のフェリー乗り場に行ってみる。ポーランドへ渡る巨大なフェリーが接岸していた。港の反対側には、古風な帆船が泊まっている。好対照な風景だ。日は傾き、海が夕焼けに染まるとともに、気温が下がってきた。明日は車が必要だと思い、観光案内所でレンタカー屋の場所を聞き、車を予約しに行く。その後、一度ホテルに戻り、冷えた身体を風呂で温める。狭い街とは言いながら、半日で縦横に十キロ以上は歩いただろう。
夕食は、宿の親父さんが薦めてくれたレストランではなく、例の「フォッフォのピザ屋」へ行く。今はピザ屋ではなく、普通のレストランだが。小説ではトルコ人の経営になっているが、注文を取りにきたのはスウェーデン人のおばさんだった。この店で十四歳と十九歳のふたりの少女がタクシーを頼む。そしてそのタクシーの運転手をハンマーで殺害するという事件がおきるのは「防火壁」だ。店の壁は白いが、壁が鳴門の渦潮のような模様になっている。照明は極めて暗く、持って行った本を読むのに苦労するくらい。僕はその店でピザではなく、スモークド・サーモンを食べた。外に出ると、寒さが身に染みた。
ヴァランダーはいつも屋台で不健康な食事をしていた。多分ここも利用しただろう。 - イスタード港の夕暮れ。