イスタード街めぐり、その一
創業1793年、セシェルゴルデンホテルの玄関とその部屋。ひなびているがいい雰囲気。
ホテルへ向かう途中、駅の周りのこの雰囲気、どこかで見たのと似ていると思った。考えてみると、それは最近再放送で見たテレビドラマ、「東京ラブストーリー」だった。主人公の完治とリカが別れることになる愛媛県の海辺の駅、確か伊予鉄道の梅津寺駅だったか。そこに似ているのだ。キラキラ光る海が印象的なシーンだった。
予約していたホテルは「一七九三年創業・セシェルゴルデン・ホテル」、イスタードで一番古いホテルだ。このホテルもヴァランダー・シリーズに頻繁に登場する。第二作「リガの犬たち」では、漂着したゴムボートの中で発見されたふたりの男の死体の確認のため、ラトヴィアから派遣されたリーパ少佐がこのホテルに泊まっている。リーパ少佐は帰国後暗殺され、今度はその捜査に協力するためラトヴィアを訪れたヴァランダーが、少佐の未亡人バイバと恋に陥る。また第七作「真夏の殺人」では、コペンハーゲンから派遣された女性警察官ビルギッタ・ツルンが、やはりこのホテルに泊まっていた(ことになっている)。
ホテルはイスタードでは典型的な平屋で木組みの建物、古いので少し傾いていた。部屋は小さな中庭に面していた。ひなびた農家に下宿しているような雰囲気だが、悪くない。
荷物を置いて、身軽になって再び外に出た。イスタード観光協会に送ってもらった数冊のパンフレットの中に、「ヴァランダーの足跡を訪ねて」と言うのがあった。先程述べた「ホテル・コンチネンタル」や「フォッフォのピザ屋」をはじめ、ヴァランダーの勤めていた警察署、彼の家、その他ヴァランダーゆかりの場所が地図に書いてあるのだ。もちろん、「セシェルゴルデン・ホテル」も載っている。ともかく、ヴァランダーのファンである僕にとって、これ以上ないという有難いパンフレットなのだ。僕は今回の目標を、その地図に載っている場所を全部訪れることに定めていた。
まずは、小説の中心である警察署へ行ってみる。地図によると、ホテルとは反対側の街外れだ。しかし、何分狭い街なのでどこへでも歩いていける。僕は、木組みでカラフルな平屋の家が並ぶ旧市街を通り抜け、十五分後、街を見下ろす高台にある警察署の前に着いた。長い平屋の建物で「ポリス」と書いた看板が駐車場に置いてあるだけ。道路を隔てて、対照的に高い水道塔が立っている。この警察署で、ヴァランダーは毎日自動販売機のコーヒーを何杯も飲みながら働いていたのだ。第一作を読んだとき、ヴァランダーが大量のコーヒーを飲むのに呆れた記憶がある。そして彼の同僚たち。競馬好きで仕事中でも競馬新聞を隠れ読んでいるハンソン、家族思いも度が過ぎて家に電話ばかりしているマルティンソン、イスタードから出たことのない寡黙なスベドベリ、紅一点でヴァランダーの良き聞き役であるアン・ブリット、何かとヴァランダーの世話を焼いてくれる受付のおばさんエッバ。そして、最終作「霜の降りる前に」では、娘のリンダも警察官として彼の仲間に加わるのである。そんな彼らが、実在の人物のように僕の頭に浮かんだ。
僕は、警察署の前に三分ほど立ち止まり、写真を二三枚撮った後、次の目的地、ヴァランダーが住んでいた家があるとされている、マリアガタン通りへと向かった。
町外れの丘の上の水道塔の向かい側に、イスタード警察署はあった。