ドロミテの雪合戦
絶景のヘリポートから。
五日目の十二月三十日、山を見に行きたいという妻の希望で、我々は車で北の方角、オーストリアとの国境へ向かうことになった。妻は北イタリアの旅行ガイドに乗っていたドロミテ地方の山と湖の写真が気に入ったらしい。また、ヴェロナから見えた白い山を、もう少し近くで見てみたいのも確かだ。僕が二十七年前、初めてヴェネチアを訪れたとき、オーストリアのグラーツからヴェネチアに向かう列車の中から、国境の真っ白な山々が見えた。それが美しかったことを今でも覚えている。
今日も快晴で無風、山を見に行くには絶好の天気だ。十時半にメストレを出て、北へ向かう高速道路二十七号線に乗る。最初の平坦な道を走ると、正面の山がグングン近づいてくるのが分かる。雪山が反射する光がまぶしいので、壊れたサングラスに無理やりレンズを押し込んでかけた。
トレヴィソを過ぎてしばらく行くと、高速道路は山を縫うように走る。ベルーノという町で高速道路が終わり、そこから一車線の上り坂になった。五人を乗せたリッターカーでの登坂はなかなか苦しいものがある。車は切り立ったV字谷の間を走り、一キロを越える長いトンネルを何本も抜けて、ドロミテ地方に入っていく。両側に二千メートル級の岩山が迫ってくる。その半分から上は雪で覆われている。気温が下がり、車の温度計はマイナス三度を指していた。道路以外の場所は雪が積もっている。そのまま行くと、コルチナという有名なスキー場があり、その向こうはオーストリアだ。
途中の村で一度車を停めて、どこか景色の良い場所はないかと探す。適当な場所がない。村には建物や木があるので、山が見えにくい。カフェでホットチョコレートを飲んで、また走る。道の両側には雪があるので、道端に停まって景色を見ることができない。
ある村でやっと駐車場を見つけて車を降りた。坂道を登る。途中に、「カサ・デ・ティツィアーノ」(ティツィアーノの家)があるのを息子が見つけた。へえ、彼はこんな所にも住んでいたのだ。イタリア語の説明が読めないので、その家が彼の産まれた家なのか、単に住んだ家なのかは分からない。
子供たちは道の両側の雪で雪合戦を始めた。妻が、もう少し行った所に景色の良い場所があると通行人から聞いてきた。妻が先導して、子供たちは雪でふざけながら後に続く。少し行くと、丘の上に病院があった。その駐車場の先に、崖に張り出すように丸いヘリポートがあった。直径十メートルの円形の場所の真ん中に、大きく「H」と赤い文字がペイントされている。きっと、山で怪我をした人たちを運び下ろすためのものだろう。そして、そのヘリポートからの眺めは最高だった。青空を背景に四方に白い山が見え、眼下の盆地には村と、凍った湖が見えた。息子と娘たちは、相変わらずそこでも雪をぶつけ合って、じゃれ合っている。息子と娘たちと僕は、この景色の良い場所に連れて来てくれた妻に礼を言った。妻はまだ辺りを歩きたそうだったが、暗くなってから、凍結の危険のある山道を運転することを恐れた僕は、早めに帰途についた。
雪に覆われた村を行く。