村野くんの故郷を訪ねて
アカデミア橋より、サンタマリア・デラ・サルーテ教会を望む。
僕と息子と末娘は、十一時前にアカデミア美術館を出た。美術館でゆっくり歩きながら絵を見るって、普通のペースで歩いているより足腰が疲れる。
「疲れた。休もうよ。」
と普段は英語しか話さないスミレが日本語で言った。と言うことは本当に疲れたのかな。
「どこかでカフェに入ろう。」
とワタルが提案した。我々はアカデミア橋を対岸のサン・マルコ側に渡り、そこでカフェに入った。そこで、息子たちはホットチョコレート、僕はエスプレッソを注文する。「ホットチョコレート」は「ココア」と訳されていることもあるが、それは正しくない。イタリアのホットチョコレート、「チョコラッタ」は文字通り「熱いチョコレート」なのだ。チョコレートを熱で溶かしてコップに入れただけって感じ、言わばゲル状、ドロドロしている。冷えるとそのままコップの中で固形のチョコレートに戻りそう。ともかく、これを飲むと、身体が温まって、適当にお腹が膨れ、何となく寛いだ気分になる。
携帯で、妻と真ん中の娘に連絡を取り、一時間後にサン・マルコの「鳩のいるところ」で落ち合うことにする。前日、サン・マルコ広場で、ミドリが鳩の餌を買った。乾燥させたトウモロコシだ。すると馴れ馴れしい鳩がブワーッとミドリに寄って来た。肩に留まるし、頭の上にも乗ってくるし、「鳩の王様」状態になってしまう。ミドリはそれを楽しんでいたが、臆病なスミレは迫ってくる鳩からキャーキャー言いながら逃げ回っていた。
サン・マルコに着く。天気が良い。風もない。妻とミドリが現れるまで、僕は日向にあるベンチに座っていた。顔に降り注ぐ陽光が心地良い。あまり日の照らないヨーロッパの冬、そして日中ずっと部屋の中で仕事をする生活。前回こうして太陽に顔を向けて座っていたのは、一体何ヶ月前だったかなと考える。
妻とミドリが現れ、ミドリの意見が通り、「島」へ行ってみることになった。水上バスに乗って、対岸のリド島に向かう。リド島は砂浜が広がる細長い島で、ローマ広場からカーフェリーが通っているので、車が走っている。映画祭があり、夏は海水浴客で賑わう場所だ。我々は島を横切って、アドリア海に面した砂浜に行き、そこで一時間ほど過ごした。ここへ来たいと言った張本人のミドリは、海岸の岩の上に座り込み、読書に余念がない。
リドから再び水上バスに乗り、ヴェネチアの東側をぐるりと周り、ヴェネチアグラスの生産地で有名なムラノ島へ行く。
「僕の同級生の村野くんがその島の出身でさあ。」
と家族に言ってみたが、全然受けなかった。
フォンダメンテ・ノーヴェという場所で水上バスを乗り換えてムラノに向かう途中、右側に四角い墓地の島が見えた。ヴェネチアで死んだ人間は皆、この島に葬られると言うことだ。是非後学のために上陸してみたいと思ったが、娘たちの大反対で実現しなかった。ムラノではガラス工場を見学し、娘たちは土産にガラスのネックレスを買った。
サンマルコ広場で鳩の女王様状態になったミドリ。