ブッシュに投票した私たち
オーバーシューズ。これがあればどこでも行ける。
我々は、水を避けながら、迷路のような路地(カレ)の間を歩いた。昼過ぎになり、水が引くとともに、空腹を覚えだした我々は、かなり慎重にレストラン選びを始めた。昨夜はサン・マルコの近くで、七十五ユーロも払って、不味いものを食わされた。今回は観光地のすぐ傍は避け、余り観光客向けでないさり気ないレストランを探すことにしたのだ。
結局、息子だったか、上の娘だったかが見つけた、路地の入り口にある、天井の低いレストランに入った。薄い黄色で壁やテーブルクロスが統一されていて、なかなか上品な雰囲気。そのレストランで、我々は各々ピザだの、魚だの貝だのを注文した。僕もパスタとハウスワインを一本注文した。「ヴィノ・ロッソ・デラ・カーサ」(ハウスワインの赤いの)、このフレーズをその後何度使ったことか。
イタリアでは、料理が出てくる前に、必ずパンが出される。ミドリが、そのパンに、テーブルの上に置いてあったオリーブ油と酢をかけて食べだした。最初は、「えっ、何てことをするの」と思ったが、真似してやってみると、これが美味しいのだ。
ムール貝の白ワイン蒸しを頼んだ妻は、美味しいと言った。妻の皿から、ムール貝の殻で、スープをすくって飲んでみた。確かに旨かった。息子は大きなスズキにレモンをかけて食べていた。一口食べさせてもらったが、それも美味しかった。このレストランを選んだのは正解だった。勘定を聞かないと、本当の正解かどうかは分からないにしても。
隣の席には、いかにも観光客という格好の我々とは違い、身なりの良い年配の女性二人と男性二人が食事をしていた。彼らの会話は英語だった。食べ終わって、一息ついていると、隣の席にいる女性のひとりが英語で話しかけてきた。
「奥さんの髪型すてきね。あなたがた、どこから来たの?」
「ロンドンから。」
僕が答える。妻は病気の治療の後で、すごく短い髪をしている。
「ロンドン、良い所ね。」
「どちらから来られたんですか?」
僕が尋ねる。この場合、それ以外の質問は考えらないのだ。
「USAのアラバマから。」
女性の一人がそう言った。そして、こう付け加えた。それも、ちょっと自嘲気味に。
「私たちは、ブッシュに投票したのよ。」
これは、おそらく彼女自身が前回の大統領選挙でブッシュに投票したという意味ではなく、アラバマ州でブッシュが勝ったという意味だろう。マイケル・モーアの「華氏九一一度」のファンで、ブッシュ嫌いのミドリの鼻先がピクピクと動いた。何とかしてくださいよ、アメリカ合衆国。世界最大の二酸化炭素排出国でありながら、国際競争力を弱めると言う企業側の横槍で、未だに環境保護条約を批准できないでいる国。ヴェネチアが十年先になくなったら、あんたの国のせいですからね。でも、僕はそれを口には出さなかった。
レストランにて。