ロンドンに響け、六甲おろし
六甲おろしの流れる中、パブで祝杯(撮影:田中玲子)
七時半少し前に、お集まりの皆様、ネルソン提督の銅像の足元、三越ライオンの本家のライオンの横に再集合をしていただく。その数実に二百人。壮観だ。横断幕を中心に、並んでもらうが、銅像の台座に登っている人もいる。当たりは薄暗くなったが、まだ空は青い色を残している。その中で、数台のテレビカメラのライトに皆の顔が浮かび上がる。
七時半、岡野さんの号令、「三三七拍子しぃ」がかかる。その後、いよいよ「六甲おろし」の大合唱。ラジカセをつけたが、歌っているうちに、皆の歌の方がだんだんと速くなっていく。ラジカセの音は、二百人の声にかき消されている。歌っている人たちの顔は本当に嬉しそう。歌い終わった後、万歳三唱。「胴上げや」との声がかかり、僕が胴上げされてしまった。胴上げの時、誰かが、星の監督の顔写真を貼ったメガホンを渡してくれた。星野監督の代わりと言うことらしい。
胴上げが終わった。皆、近くにいる人と「おめでとう」といいながら、握手したり抱き合ったりしている。僕も、どさくさにまぎれて、何人かの女性と抱き合う。
一曲だけという予定であったが、皆、歌い出したら止まらない。あっちでも、こっちでも、「六甲おろし」や「選手別応援歌」を歌い出した。少しして、噴水に飛び込む若者が現れた。人が多すぎて、よく見えないが、「ジャボン」という水音が次々に上がる。テレビカメラとライトが噴水の方へ駆け寄っていく。こうなると、収拾がつかない。僕は半ば呆然と群集の外からそれらを見ていた。
噴水に飛び込んだ岡野さんが、「足が釣った」と言って、群集の中から現れた。僕が彼の足を伸ばしていると、例の警備員が横に立っていた。すごく機嫌悪そう。
「一曲だけと言ったのですが、若い連中が止まらなくなってしまって・・・」
と僕が言い訳する。
「噴水に入るにはいいけど、浅い噴水に飛び込んだら、頭を打って死んでしまうぞ。それに、もう、ぼちぼち退散してくれないと、皆の迷惑になるよ。」
と彼は冷ややかに言った。僕は、同僚で声の大きな戸畑さんとふたり、
「速やかにここから移動してくださいっ。飛び込むのはやめてくださいっ。」
と若い連中に介入して回ったが、何せ相手の人数が多すぎる。結局皆がパブへ向かって移動し始めたのは八時近くになってからだった。
「川合さん」
と言う声に振り向くと、僕の名前を会社名入りで記事にした新聞社の記者であった。
「インタビューはいいけど、今度は会社の名前出さないでよ。今度、会社の名前が出たら、オレ、確実に会社クビだから。」
と僕は冗談で言った。
「阪神タイガースと『差し違え』で会社をクビになるなんて格好がいいじゃん。」
隣で、誰かが無責任に言った。冗談じゃないよ。